「溢れる賛美」

Topic:賛美   Scripture(聖書) ああ神よ。賛美が私の口からあふれてきます。心から喜んで、あなたへの歌をささげましょう。 (詩篇108:1 リビングバイブル)   神よ。私の心はゆるぎません。私は歌い、私のたましいもまた、ほめ歌を歌いましょう。 (詩篇108:1 新改訳)     Observation(観察) ダビデの詩篇。 ダビデは勇敢な戦士であり、王としても卓越したリーダーシップを発揮した。 また優れたミュージシャンでもあった。 しかし、ダビデを信仰者として何より際立たせているのは彼の礼拝者としての姿だ。     Application(適用) このリビングバイブルの「賛美が私の口からあふれてきます」という言葉が好きだ。   賛美が口から溢れる。   いつも主と共に歩み、主を見上げているからこそ、の姿である。 日曜礼拝のみならず、教会の何かの集会時のみならず、常に賛美していたい。 賛美の心を持っていたい。 賛美が日々の生活の中にあふれるようでありたい。   でも、それは言い換えると賛美が日々の歩みの中に溢れていないことを認めざるを得ないのである。 残念ながら賛美が口から溢れるよりも、ため息、嘆き、つぶやき、不平、不満が口から出ているのではないか。   ①賛美から離れている生き方を悔い改める   ②常に口から賛美が溢れるよう祈る 口先の賛美、言葉だけの賛美ではなく、生き方そのものが賛美となるように。   ③賛美を通して主を証する 賛美には力がある。賛美する者本人の信仰を引き上げるだけではない。 賛美には主を証する力がある。 先日のWatotoのコンサートでもそれを体感した。     Prayer(祈り) 主よ。 今週も金曜まで守られたことを感謝します。 賛美の心を与え、賛美の言葉を与えてくださり感謝します。 でも、賛美の心を失っている時もあります。 主よ、ゆるしてください。 ダビデのようにいつも賛美が口から溢れる生き方をしたいです。...

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「神だけのものです」

Topic:神   Scripture(聖書) この後、私は、天からおびただしい群衆の叫び声を聞きました。「ハレルヤ、主を賛美せよ。救いは神からの贈り物、誉れと権威は神だけのものです。 (黙示録19:1 リビングバイブル)     Observation(観察) 天での賛美の光景。 3つの大切な事柄の源が神であることを再確認されている。   ①救い ②誉れ(栄光) ③権威(力)     Application(適用) かのヘンデルの「メサイア」にもつながる御言葉。   「救い」「誉れ」「権威」。 人間はこの3つを否定したり、無視したり、あるいは横取りするかの如く、自分のものとしてしまいやすい。   ①救い 自分に「救い」が必要ないかのように生きようとする。 代わりに「金」や「モノ」で安心を得ようと必死になる。 しかし、救いを必要としない人は一人もいない。 もし、救いを無用と拒否するなら、その先に待っているのは「虚しさ」「寂しさ」「恐れ」しかないのだから。 「救い」は神からの信じられない「贈り物」。 「贈り物」なのだから、私たちは感謝して受け止めれば良いのである。   ②誉れ 人はみな自己中心な生き物。 承認の欲求がある。認められたいのである。 それゆえ、誉れを求め、誉れにしがみつかんとする。 しかし、本当は神に認められ、愛されていることを知る時に、誉れにしがみつくことから解放されるのだ。   ③権威 リーダーが陥りやすい間違いは「権威」の用い方である。 昨今、相次いでスポーツ界のリーダー達の権威の用い方が「パワハラ」であると取り沙汰されている。 スポーツの世界では30年前は当たり前のように、鉄拳制裁、リーダーが人を殴ることがまかり通っていた。 こちら側にも問題があったからであるが、中学・高校と体育教師からは良く殴られたものである。 教会でも牧師・リーダーは「権威」の用い方を気をつけなければならない。 権威の源は神。神のものなのだ。 その厳粛な真理に対する畏れ、おののきがリーダーには求められているのだ。   ①神のものは神のもの   ②神から委ねられているものも神のもの  ...

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賛美は証となる

Topic:賛美(証)   Scripture(聖書) 主は私の口に、新しい賛美の歌を授けてくださいました。 私があなたに、どれほどすばらしいことをしていただいたかを知って、 大ぜいの人が敬虔な心で神を敬い、信頼するようになるでしょう。 (詩篇40:3 リビングバイブル)     Observation(観察) 神の奇跡的な救いを体験したダビデの詩篇。   ダビデ自身が滅びの穴、泥沼と表現するほどの困難、追い詰められ出口が見えない八方塞がりの状況だったが、神は祈りにこたえてダビデを救ってくださった。   その救われた喜びが賛美の歌となり、証となり、大勢の人に対する伝道となる。     Application(適用) 賛美が証となる。 今までも思い、教えられてきたことだが、改めて御言葉から賛美が証となるという確信が与えられた。   高校時代、バンドブームという時代の波もあって同級生とバンドを組んでいた。 当時のバンドが必ずといって良いほどコピーするブルーハーツやボーイ、またビートルズのコピーをしていた。 そのうちオリジナル曲も歌うようになっていった。ライブハイスでライブもするようになっていった。 しかし、歌う歌のほとんどは恋愛ソング。クリスチャンになって間もない僕は、恋愛ソングを歌うことにだんだんと虚しさを覚えていった。   僕が歌いたいのはこういう歌じゃない。新しい歌。救われた歌。贖われた歌。喜びの歌。証となる歌・・・。   バンドメンバーには迷惑をかけてしまったが、バンドを脱退した。 そんな10代の時の記憶が蘇る。   牧師としての大きな一つの役割はメッセージにある。 神の言葉を語り、伝える。   しかし、神を証する方法は1つではない。 ダビデが言うように賛美の歌を通しても証は可能なのだ。   ①神がどれほど素晴らしいことをしてくださったか思い巡らし、感謝しよう   ②神を証できるように祈ろう   ③救われた喜びを歌おう     Prayer(祈り) 主よ。 3/16日の朝を感謝します。 今日もあなたの大きな愛と赦しの中に生かされていることを感謝します。 あなたの救いを証できますように。...

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「痛みと暗闇の中で」

Topic:賛美   Scripture(聖書) 22たちまち広場は、二人に反感をいだく人たちでいっぱいになりました。そこで長官たちは、二人を裸にし、むちで打つように命じました。 23ビュッビュッと何度もむちが振り下ろされ、二人の背中から血がしたたり落ちました。そして二人は、牢に放り込まれました。・・・   25真夜中ごろ、パウロとシラスは、主に祈ったり、賛美歌をうたったりしていました。ほかの囚人たちもじっと聞き入っています。その時です。 (使徒16:22-23,25 リビングバイブル)     Observation(観察) パウロの第二回伝道旅行中の出来事。   当初のパウロの計画とは異なっていたが、聖霊の導きと示された幻によって、パウロは伝道旅行の進路変更をした。 神の導きに従ったのだから、それはそれは素晴らしい御業がなされ、伝道旅行は大成功!万々歳!・・・かと言うと、そうではなかった。   結果的には公衆の面前で裸にされ、むち打たれ、挙句、牢屋に放り込まれた。   「聖霊の導きに従ったはずなのに、なぜ?・・・」   嘆いてもおかしくない状況。 不平不満を口にしてもおかしくない状況。   しかし、パウロの口から出てきたのは嘆きでも不平不満でもなく、驚くべきことに「賛美」だったのだ。     Application(適用) 使徒16章。大好きな聖書箇所である。 読む度に、心が震え、熱くされるのである。   むち打たれた背中の痛みがズキズキと残っていたはずである。 もしかしたら、痛みで背中をつけて眠れなかったのかもしれない。 真っ暗の牢屋の中で、痛みの中で、パウロとシラスが選択したことは「賛美」だった。 一体、どんな賛美を歌ったのだろう?とても気になる。 パウロの歌声を生で聞いてみたいものだ。 しかも、他の囚人たちが聞き入っていた、というのだから決して音痴ではなかったはずである。   ①聖霊の導きに従っていても、試練は起こる 試練の原因は必ずしも不信仰だからなのではない。 パウロのように聖霊の導きに従っていても試練は起こるのだ。   ②試練の中でも「賛美」を選ぶことができる 順調な時に「ハレルヤ」と賛美することは容易いこと。 試練の中でこそ、信仰が練られ、磨かれていくのだ。   ③試練の中で賛美をする時にこそ、奇跡が起きる この牢屋の賛美が大地震、囚人の解放、看守とその家族の救い、という奇跡の引き金となる。    ...

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「心から」をあなたに

Scripture “41それから、イエスは献金箱に向かってすわり、人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちが大金を投げ入れていた。 42そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。 43すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。 44みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」” マルコの福音書 12:41-44

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