賛美は証となる

Topic:賛美(証)   Scripture(聖書) 主は私の口に、新しい賛美の歌を授けてくださいました。 私があなたに、どれほどすばらしいことをしていただいたかを知って、 大ぜいの人が敬虔な心で神を敬い、信頼するようになるでしょう。 (詩篇40:3 リビングバイブル)     Observation(観察) 神の奇跡的な救いを体験したダビデの詩篇。   ダビデ自身が滅びの穴、泥沼と表現するほどの困難、追い詰められ出口が見えない八方塞がりの状況だったが、神は祈りにこたえてダビデを救ってくださった。   その救われた喜びが賛美の歌となり、証となり、大勢の人に対する伝道となる。     Application(適用) 賛美が証となる。 今までも思い、教えられてきたことだが、改めて御言葉から賛美が証となるという確信が与えられた。   高校時代、バンドブームという時代の波もあって同級生とバンドを組んでいた。 当時のバンドが必ずといって良いほどコピーするブルーハーツやボーイ、またビートルズのコピーをしていた。 そのうちオリジナル曲も歌うようになっていった。ライブハイスでライブもするようになっていった。 しかし、歌う歌のほとんどは恋愛ソング。クリスチャンになって間もない僕は、恋愛ソングを歌うことにだんだんと虚しさを覚えていった。   僕が歌いたいのはこういう歌じゃない。新しい歌。救われた歌。贖われた歌。喜びの歌。証となる歌・・・。   バンドメンバーには迷惑をかけてしまったが、バンドを脱退した。 そんな10代の時の記憶が蘇る。   牧師としての大きな一つの役割はメッセージにある。 神の言葉を語り、伝える。   しかし、神を証する方法は1つではない。 ダビデが言うように賛美の歌を通しても証は可能なのだ。   ①神がどれほど素晴らしいことをしてくださったか思い巡らし、感謝しよう   ②神を証できるように祈ろう   ③救われた喜びを歌おう     Prayer(祈り) 主よ。 3/16日の朝を感謝します。 今日もあなたの大きな愛と赦しの中に生かされていることを感謝します。 あなたの救いを証できますように。...

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「痛みと暗闇の中で」

Topic:賛美   Scripture(聖書) 22たちまち広場は、二人に反感をいだく人たちでいっぱいになりました。そこで長官たちは、二人を裸にし、むちで打つように命じました。 23ビュッビュッと何度もむちが振り下ろされ、二人の背中から血がしたたり落ちました。そして二人は、牢に放り込まれました。・・・   25真夜中ごろ、パウロとシラスは、主に祈ったり、賛美歌をうたったりしていました。ほかの囚人たちもじっと聞き入っています。その時です。 (使徒16:22-23,25 リビングバイブル)     Observation(観察) パウロの第二回伝道旅行中の出来事。   当初のパウロの計画とは異なっていたが、聖霊の導きと示された幻によって、パウロは伝道旅行の進路変更をした。 神の導きに従ったのだから、それはそれは素晴らしい御業がなされ、伝道旅行は大成功!万々歳!・・・かと言うと、そうではなかった。   結果的には公衆の面前で裸にされ、むち打たれ、挙句、牢屋に放り込まれた。   「聖霊の導きに従ったはずなのに、なぜ?・・・」   嘆いてもおかしくない状況。 不平不満を口にしてもおかしくない状況。   しかし、パウロの口から出てきたのは嘆きでも不平不満でもなく、驚くべきことに「賛美」だったのだ。     Application(適用) 使徒16章。大好きな聖書箇所である。 読む度に、心が震え、熱くされるのである。   むち打たれた背中の痛みがズキズキと残っていたはずである。 もしかしたら、痛みで背中をつけて眠れなかったのかもしれない。 真っ暗の牢屋の中で、痛みの中で、パウロとシラスが選択したことは「賛美」だった。 一体、どんな賛美を歌ったのだろう?とても気になる。 パウロの歌声を生で聞いてみたいものだ。 しかも、他の囚人たちが聞き入っていた、というのだから決して音痴ではなかったはずである。   ①聖霊の導きに従っていても、試練は起こる 試練の原因は必ずしも不信仰だからなのではない。 パウロのように聖霊の導きに従っていても試練は起こるのだ。   ②試練の中でも「賛美」を選ぶことができる 順調な時に「ハレルヤ」と賛美することは容易いこと。 試練の中でこそ、信仰が練られ、磨かれていくのだ。   ③試練の中で賛美をする時にこそ、奇跡が起きる この牢屋の賛美が大地震、囚人の解放、看守とその家族の救い、という奇跡の引き金となる。    ...

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「心から」をあなたに

Scripture “41それから、イエスは献金箱に向かってすわり、人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちが大金を投げ入れていた。 42そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。 43すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。 44みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」” マルコの福音書 12:41-44

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