「励まし共同体」

Topic:励まし(教会、再臨、祈り)   Scripture(聖書) ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。 (ヘブル10:25 新改訳)   集会から離れたりする人たちにならってはいけません。主が再びおいでになる日は、もう間近なのですから、互いに励まし合っていきましょう。 (ヘブル10:25 リビングバイブル)     Observation(観察) 様々な事情があるだろうが、教会から足が遠のき、離れる人々がいた。 しかし、聖書はこう語る。   ①集まることをやめてはいけない なぜ集まることをやめてはいけないのか? 一人でも聖書を読み、祈ることはできる。それは・・・   ②励まし合うため 信仰の歩みは一人で進めていくものではないのだ。   ③かの日(再臨)が近づいているから     Application(適用) 教会という「信仰共同体」の存在理由の1つがここに記されている。   それは・・・励まし合うため。   ちょうど1週間前のデボーションでも「励まし合う」ことの大切さを語られた。   「きょう。」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。(ヘブル3:13)   今、僕自身に、そしてNHYに必要なこととして語られているのだ。   7/15(日)から再開するMinisters Serviceや7/21(土)のLeaders Life Groupでも励まし合うことをしたい。   昨日は図らずも、J-Houseの飯田牧師と電話であれこれと話し、いろいろな分かち合いをした。飯田牧師はいつもポジティブで、どんな試練や困難も信仰的に前向きに受け止める、そして本人は苦手と言っていたが、励ましてくれるのだ。電話の最後に「ほなTantanのために、NHYのために祈るわ」と言って祈ってくれる。これが最高の励ましだ。   祈り合うことこそ、励まし合うことなのだと教えられる。   「かの日が近い」とヘブル書の著者が語るように、再臨に備え、励まし合う、祈り合う、そのような終末信仰に生きていきたい。そのような信仰共同体を築き進んで行く。   ①今日出会う人を励ます(祈り合う)  ...

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「互いに励まし合う」

Topic:励まし   Scripture(聖書) 12皆さん。心が悪に染まって信仰をなくし、生ける神から離れることがないように、自分の心を見張りなさい。  13まだ時間があるうちに、日々、互いにこのことを確かめ合いなさい。そうすれば、罪に惑わされて神に心を閉ざす人は一人も出ないでしょう。 (ヘブル3:12-13 リビングバイブル)   12兄弟たち。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。 13 「きょう。」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。 (ヘブル3:12-13 新改訳)     Observation(観察) 心が悪に染まらないために・・・ 信仰をなくさないために・・・ 生ける神から離れないために・・・   聖書が語るアドバイスは ①自分の心を見張る ②日々、互いに励まし合う     Application(適用) 信仰は「自分と神」との関係である。 しかし、この信仰を守り通していくために自分一人で戦うことは容易なことではない。見えない敵は狡猾である。 それゆえ「互い」の存在が必要であり、互いに励まし合うことが必要なのである。   これが教会に集まることの一つの意味である。 毎週日曜の礼拝、またミニストリーグループ、スモールグループ、ライフグループ、、、すべての集まりには、このような要素が求められる。   ここで突きつけられる課題の一つは、では果たして教会の中で「互いに励まし合う」ということがなされているかどうか?である。   自分の30年の信仰生活の歩みを振り返っても、この「励まし」によって幾度となく支えられてきた。 おそらく、この「励まし」がなければ今日まで牧師を続けられたかどうかも怪しい。 それほど「励まし」は人を支え、力づけ、勇気づけ、信仰に生かすのだ。   ①聖書の言葉と祈りによって自分の心を見張る(デボーション)   ②日々、励まし合う 今日、誰を励ますことができるだろうか? 少なくとも5人を励ましてみよう。   ③家庭、教会、ミニストリーの中で励まし合う文化を築く     Prayer(祈り) 主よ。...

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