証の力(伝道、交わり)

“しかし、お許しにならないで、彼にこう言われた。「あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。」そこで、彼は立ち去り、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、デカポリスの地方で言い広め始めた。人々はみな驚いた。”マルコの福音書 5章19~20節

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「太陽よりも明るい輝き」

Topic:救い(証、パウロ)   Scripture(聖書) その途中、正午ごろ、王よ、私は天からの光を見ました。それは太陽よりも明るく輝いて、私と同行者たちとの回りを照らしたのです。  (使徒26:13 新改訳)     Observation(観察) アグリッパ王の前に呼び出され、弁明の機会が与えられたパウロ。 そこで、パウロは自らの救いの証を語り出した。   クリスチャン迫害の第一人者であったパウロがなぜ180度心変わりしたのか? それはクリスチャンを迫害するために追いかけていた時のことだった。 あまりにも鮮やか衝撃的な出来事だったので、その時間も克明にパウロの記憶に刻まれていた。   ①正午ごろ ②太陽よりも明るい輝き ③パウロたちのまわりを照らした   →天からの光   この天からの光とその中からの語りかけがパウロを変えたのだ。     Application(適用) その光がパウロの人生のすべてを変えた。 パウロと同様ではなくても、すべてのキリストを信じる人が何らかの主との出会い、語りかけを経験しているはずである。   僕は14歳、中学2年生の夏であった。 ヨハネ1章12節。 「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」   この聖書の言葉が僕の心をとらえたのだ。 一瞬にして人生の根本的な問題が解決したのだ。   今日は70歳の母が胃ガンの手術を受ける。 70年生きてきて初めて大きな手術である。   非常に信仰熱心な父と母の家に、つまりクリスチャンホームに生まれた。 6人兄妹の末っ子として生まれ、愛子と命名された。 「名は体を表す」とよく言われるが、本当に愛に溢れている母である。 常に自らを犠牲にして家族に仕える母である。 働き者で常に明るく笑っている。   小学生の頃に転校生特有のイジメを経験したことがあったが、全力で母は守ってくれた。 母の献身的な愛がなかったら、今日の僕はない。   しかし、母は個人的な主との関係を持たず、今日まで生きてきた。  ...

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The Honor that Only God Deserves

Scripture “The people kept crying out, “The voice of a god and not of a man!” And immediately an angel of the Lord struck him because he did not give God the glory, and he was eaten by worms and died.” Acts 12:22-23 NASB Observation Luke is describing the death...

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「溢れる賛美」

Topic:賛美   Scripture(聖書) ああ神よ。賛美が私の口からあふれてきます。心から喜んで、あなたへの歌をささげましょう。 (詩篇108:1 リビングバイブル)   神よ。私の心はゆるぎません。私は歌い、私のたましいもまた、ほめ歌を歌いましょう。 (詩篇108:1 新改訳)     Observation(観察) ダビデの詩篇。 ダビデは勇敢な戦士であり、王としても卓越したリーダーシップを発揮した。 また優れたミュージシャンでもあった。 しかし、ダビデを信仰者として何より際立たせているのは彼の礼拝者としての姿だ。     Application(適用) このリビングバイブルの「賛美が私の口からあふれてきます」という言葉が好きだ。   賛美が口から溢れる。   いつも主と共に歩み、主を見上げているからこそ、の姿である。 日曜礼拝のみならず、教会の何かの集会時のみならず、常に賛美していたい。 賛美の心を持っていたい。 賛美が日々の生活の中にあふれるようでありたい。   でも、それは言い換えると賛美が日々の歩みの中に溢れていないことを認めざるを得ないのである。 残念ながら賛美が口から溢れるよりも、ため息、嘆き、つぶやき、不平、不満が口から出ているのではないか。   ①賛美から離れている生き方を悔い改める   ②常に口から賛美が溢れるよう祈る 口先の賛美、言葉だけの賛美ではなく、生き方そのものが賛美となるように。   ③賛美を通して主を証する 賛美には力がある。賛美する者本人の信仰を引き上げるだけではない。 賛美には主を証する力がある。 先日のWatotoのコンサートでもそれを体感した。     Prayer(祈り) 主よ。 今週も金曜まで守られたことを感謝します。 賛美の心を与え、賛美の言葉を与えてくださり感謝します。 でも、賛美の心を失っている時もあります。 主よ、ゆるしてください。 ダビデのようにいつも賛美が口から溢れる生き方をしたいです。...

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「どこへ行っても」

Topic:御言葉(迫害)   Scripture(聖書) 1パウロは、ステパノを殺すことに大賛成でした。その日から、激しい迫害の嵐がエルサレムの教会を襲い、使徒たち以外の者はみな、ユダヤやサマリヤへ散らされました。   4しかし、エルサレムから逃げ出したクリスチャンたちは、どこへ行っても、神のことばを伝えて歩きました。 (使徒8:1〜4 リビングバイブル)     Observation(観察) ついにステパノが殺害された。 迫害の嵐がますます強く吹き荒れる中で初代教会は翻弄されていくこととなる。 しかし、「ピンチはチャンス」。 家を追われ、地道に積み上げてきた全てを奪われる状況。 命からがら逃げ延びる困難の中でもクリスチャン達はめげなかった。決して折れない。 なんと、逃亡中にも御言葉を伝えていったのだ。     Application(適用) 激しい迫害の手から命からがら逃れ、散り散りなっていった初代教会のクリスチャン達。   「なぜ、こんな目に遭わなければならないんだ?」   思わず、そのような言葉が口をついて出てくるような状況である。 しかし、彼らの口から出てきたのは嘆きでもなく、恨みでもなく、後悔でもない。   驚くべきことに口から出てきたのは御言葉だったのだ。 順風満帆の時より逆境の中でこそ、信仰の真価が問われる。 彼らの信仰はまさに「ホンモノ」であった。   予定していたものではなかったが、まるでMission Tripとなり、各地で御言葉が伝えられ、結果的には宣教拡大に繋がっていったのだ。   ①喜び 主に愛されている喜びと感動がどんな困難の中でも彼らの心を守った。 その喜びは困難の中でも溢れ出して、自然と御言葉を宣べ伝える行動へと駆り立てたのだ。   ②御言葉 口を開くと御言葉がついて出たということは、御言葉が心と体に染み込んでいた証拠だ。 牧師・伝道者として理想的な姿である。 そのためには日々、御言葉を味わい、覚え、心に蓄えていくことが肝要である。 ナチュラルに口から御言葉が出てきて、生き様で主を証していきたいのである。 それは講壇から説教を通して御言葉を語る以上のことであると思っている。   ③語る 不平、不満、言い訳、悪口、陰口、怒り、嘆き・・・。 ネガティブな言葉ではなく、ポジティブな言葉を語っていきたい。 その基本はやはり御言葉である。  ...

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The Promise of Jesus

Scripture “Peter said to them, ‘Repent, and each of you be baptized in the name of Jesus Christ for the forgiveness of your sins; and you will receive the gift of the Holy Spirit. For the promise is for you and your children and for all who are far off,...

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「神のタイミング」

Topic:時(祈り)   Scripture(聖書) 彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。」 (使徒1:4 新改訳)     Observation(観察) 十字架の死から復活されたイエスは40日の間、弟子達に現れた。 その時に語られた言葉の1つ。   イエスは弟子達に2つのことを命じられた。   ①エルサレムを離れないでいなさい。   ②イエスから聞いた父の約束を待ちなさい。 この後の5節では「ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」と続く。つまり聖霊が与えられるという約束である。     Application(適用) 復活の主イエスにお会いした弟子たちは、その信じられない再会に感動し、興奮したことだろう。人は感動すると、興奮すると、その喜びをすぐに伝えたい、分かち合いたいものである。   しかし、主の命令は「行きなさい」ではなく、まずは「待ちなさい」であった。   「人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。」(箴言19:21)とあるが、神の計画、神の時、神のタイミングがあるのである。   では、この後弟子たちはどのようにして神のタイミングを見分けたのか?   ①主の言葉に従う ガリラヤに本拠地を持つ弟子達にとってエルサレムに留まり続けることは簡単ではなかったのではないか。またエルサレムはイエスを十字架につけた宗教指導者たちの拠点でもある。しかし、彼らは待った。   ②共に祈る 「みな心を合わせ、祈りに専念していた。」(14節)   祈ることである。心を一つにして祈ることである。   神は私たちの心に夢を与え、ビジョンを与えられる。 そして、そこに向かって努力することは大切なことである。 しかし、事を成すのは神である。   私たちは神の「時」を間違えてはならない。 神の「タイミング」を見逃してはならない。   やがて時満ちて、満を持して、弟子たちは世界宣教へと遣わされていくこととなる。     Prayer(祈り) 主よ。 御言葉を感謝します。...

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