「何もかも捨て従う」

Topic:献身   Scripture(聖書) 10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。イエスはシモンにこう言われた。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」 11 彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。 (ルカ5:10-11 新改訳)   27 この後、イエスは出て行き、収税所にすわっているレビという取税人に目を留めて、「わたしについて来なさい。」と言われた。 28 するとレビは、何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。 (ルカ5:27-28 新改訳)     Observation(観察) イエスの弟子シモン、またレビがいかにして弟子となったのか、そのスタートが記されている。   ①主からの呼びかけ   ②応答   ③何もかも捨てて従った     Application(適用) 16歳の夏に主の呼びかけに応答し、生まれて初めて「人生をささげます」と献身を決心し、右の手をあげた。   それは牧師になることを決意した瞬間であった。   しかし、いざ行動に移すと足が震えたことを覚えている。 神学校に入ることが決まり、いよいよ寮に向かう電車に乗る時、足が震えたのだ。 そして、何もかもを捨てる、と覚悟を決め、足を踏み出した。   キリストの弟子となることは主のことばを聞くことから始まる。シモンもレビもそうである。 キリストの弟子となることは主のことばに応答することである。 キリストの弟子となることは何もかも捨てるということである。   シモンは網を捨て、漁師をやめた。 レビは金を捨て、取税人をやめた。   具体的に行動に移したのだ。 改めて僕自身の献身が探られ、迫られる。   ①今日心新たに献身を決意する。   ②主の呼びかけ(献身の招き)を伝える。...

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最高の捧げもの(奉仕)

S:「収穫の時期になると、カインは作物の中から主に供え物をささげました。 アベルは一番良い子羊の最上の肉を、自分で神にささげました。主はアベルのささげ物は受け取りましたが、 カインのささげ物は受け取りませんでした。それでカインは怒って顔を伏せてしまいました。」創世記 4:3-5 JCB

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神のことば、永遠に立つ

Scripture  御使いは答えて言った。「私は神の御前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この喜びのおとずれを伝えるように遣わされているのです。ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、ものが言えず、話せなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」ルカ1:19-20 主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」ルカ1:45

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King of All Nations

Scripture “And they were singing the song of Moses, the servant of God, and the song of the Lamb: “Great and marvelous are your works, O Lord God, the Almighty. Just and true are your ways, O King of the nations. Who will not fear you, Lord, and glorify your...

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「報いを受ける者」

Topic:報い   Scripture(聖書) 諸国の民はあなたに怒りを燃やしましたが、今度は、あなたの怒りが下される番です。今や、地を滅ぼす原因となった者たちが滅ぼされる時が来たのです。死者がさばかれ、あなたに忠実に仕えた者が報いを受ける時です。預言者も、クリスチャンも、すべてあなたの名をほめたたえる者は、小さい者も大きい者も、あなたから報いを受けるのです。」 (黙示録11:18 リビングバイブル)     Observation(観察) 神から報いを受ける者は・・・   ①神に忠実に仕えた者   ②神の名をほめたたえる者     Application(適用) 一昨日、Youth Campの最中、高校時代から大変お世話になった恩師が天に召されたという知らせが届き、昨日Youth Campを早退して葬儀に参列した。 hi-b.a.(高校生聖書伝道教会)という超教派伝道団体のスタッフとして長年、高校生伝道、次世代育成に命をかけた器であった。 高校生伝道に命をかけた伝道者らしい、明るく笑いあり涙ありの素晴らしい葬儀であった。 高校1年の時からお世話になり、高校を卒業しOBとなった後も指導して頂いた。 4年間hi-b.a.協力スタッフとして同労の恵みにも預かった。 神学校に入る際は推薦状も書いていただいた。   歩く聖書辞典とも言えるほど卓越した聖書知識、頭の回転の速さ、ユーモアにいつも驚かされ、いつも笑わされ、最後は聖書の凄さ、神の愛の大きさに圧倒される。 懐中時計、ユダにはなるまじ…心に残っているメッセージが幾つもある。   与えられている賜物と情熱を用いて、生涯忠実に仕えた器であった。   集会でする賛美のリクエストは決まって「威光・尊厳・栄誉」だった。   世界中どこででも 新しい歌をささげよ 主に歌え ほめたたえよ 御救いの知らせを告げよ まことに主は大いなる方 賛美されるべき方 威光と尊厳と栄誉 光栄と力 ただ主だけを礼拝せよ 天をつくり 支えている主   主をほめたたえる器であった。   地上の務めを終えて天に凱旋した今、主からの報いを受けている、と信じる。  ...

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愛されている

Scripture   私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。1ヨハネ4:19 Observation   互いに愛すること 兄弟を愛すること 神を愛するものとして、それは命令であるとある。できないときもあるし、簡単ではないときもあるが、それは状況により変動するものでもなく、気分でもない。 神様が僕たちに求めている命令なのだ。けれど、それでも誰かを愛するというのは1ヨハネの手紙が言うほど良くできるものじゃない。嫌うことあり、自分を認められないことあり、自分勝手になるのだ。 Application   けれど、良いニュースがある。 神は愛です。 と言われている方が、僕たちをまず愛してくれているということだ。 僕らが愛するまえから、神様は僕をあなたを、まず最初に愛してくれた。 1ヨハネ4:19は、僕が信仰を持つに至った大切な聖書のことば。そして、人生の大切な指針のことばだ。 愛することは誰もが葛藤すること。けれど、それ以上に素晴らしいニュースは僕らは神様に愛されてるんだということ。 神様に愛されている者として、愛する者になるにはどうしたらいいだろうか? 1、神様がどれほどの愛で愛してくれてるか感謝する 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。 2、愛し合う姿は、証となる いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。 3、簡単じゃないが、「いのちを捨てる」ことをチャレンジする キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。 Prayer   神様、今日の1日をありがとうございます。クリスマスのとき、あなたがひとり子を送ってくださったことを覚えます。感謝します。 イエスさまに出会い人生が変えられてることを。愛する者として訓練されてることを。希望あることを。

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The Purpose of Christmas

Scripture “And this is the way to have eternal life—to know you, the only true God, and Jesus Christ, the one you sent to earth.” John 17:3 NLT   Observation Time felt faster this year. Christmas is already here, and this verse reminds me of the purpose of Christmas. Christmas...

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「イエスの贈り物」

Topic:信仰   Scripture(聖書) 1「あなたがたは、どんなことがあっても、心配したりあわてたりしてはいけません。神を信じ、またわたしを信じなさい。   27あなたがたに贈り物をあげましょう。あなたがたの思いと心を安らかにすること、それがわたしの贈り物です。わたしが与える平安は、この世のはかない平安とは比べものになりません。だから、どんな時にもおろおろしたり、恐れたりしてはいけません。 (ヨハネ14:1、27 新改訳)     Observation(観察) 着々とユダの裏切り、イエス殺害の陰謀が近づき、動き出そうとする中で、イエスが弟子たちに向けて語った言葉。   ①心配無用   ②平安のプレゼント   ③イエスを信じる     Application(適用) 心配をしだしたらきりがない。 人間は「心配製造機」である。 天才的に心配を生み出すことができるのだ。 またメディアが将来、政治、経済・・・様々な心配を煽り、それに踊らされてしまうこともある。 とはいえ、明日のこと、いやそれどころか1分1秒先のことさえわからないのだから心配しても仕方ないのである。   しかし、心配も必ずしも悪いことばかりではない。 心配するから用心するし、慎重になる。 計画を立てるし、リスクマネジメントをする。   心配は「心を配る」と書く。 思いやりや配慮にも通じる素敵な言葉である。   ところが、不要な心配は「不信仰」を招く。 全知全能、最強、最高のお方が味方なのだから心配無用なのである。   いつもイエスと一緒にいた弟子たちにこの言葉を語られたことが興味深い。 たとえ、イエスと一緒に歩んでいても、イエスに従っていても心配し、恐れることがあるのだ。   それでも、イエスは心配をゆだね、恐れを任せ、信仰の世界に1歩進むように招いておられる。 ちゃんと心配無用の証拠にあるプレゼントがウ約束されている、というのだ。 クリスマスはプレゼントのシーズンだが、イエスは私たちに「平安」というプレゼントを贈ってくださるのだ。   ①己の心を探り心配、恐れを主にゆだねる   ②心配無用、平安のプレゼントを感謝する   ③イエスを信じる  ...

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主の時がきた時に

Scripture “1またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。2弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」3イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。” ヨハネの福音書 9:1-3

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