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「離れていても」

Topic:繋がり(交わり、教会)

 

Scripture(聖書)

離れていても、私の心はあなたがたと共にあり、その秩序ある生活と、キリストに対するしっかりとした信仰とを見て喜んでいます。

(コロサイ2:5 リビングバイブル)

 

私は肉体においては離れていても、霊においてはあなたがたとともにいて、あなたがたの秩序と、キリストに対する堅い信仰を見て喜んでいます。

(コロサイ2:5 新改訳2017)

 

 

Observation(観察)

パウロの手紙。

パウロの喜びが表現されている。その喜びの理由はコロサイ教会が・・・

 

①離れていても、心は共にあること。

 

②秩序ある生活。

 

③キリストに対する堅い信仰。

 

 

Application(適用)

事情は異なるが、コロナ禍において私達も会えない日が続いている。

「Withコロナ」の時代に入り、新生活様式、ソーシャルディスタンスが求められ、あえて距離を開けなければならない事態である。

 

しかし、離れていても現代はインターネットの恩恵のおかげで繋がりを容易に持つことが出来る。

パウロの時代は手紙。

それから時を経て電話。

そして、今や互いの顔を見ながら、話すことも可能になった。

 

フィジカルな密は避けつつ、パウロが言うように心を密にすることは可能なのだ。

そして、キリストにあって秩序ある生活を送る助けをし、キリストに対する信仰を堅持する励ましをすることはパウロの時代でも可能であったのだから、今は尚更可能であるはずだ。

 

出来得る限りのコミュニケーションツールを用いて、愛するNHYのOhana(Family)と繋がり、助け、励ましていこう。

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

パウロの時代から比べたら、はるかに便利な時代を迎えています。

コロナ禍で人と距離を開けなければならない中にあっても、様々なツールを用いて、繋がり、助け、励ますことが可能な時代です。

主よ、どうか世界的に困難な状況の中にあって、新しいコミュニケーション能力を高め、繋がり続ける中で、信仰を堅持することをサポートできますように。

私達にそのような愛と知恵を与えてください。

逆境の中で信仰を働かせることができますように。

救い主イエスの名前で祈ります。アーメン

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