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知っていることが壁になる

御言葉:この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。 安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。

マルコによる福音書 6:2-3

観察:イエス様がナザレに来られた時のことが書かれている。ある安息日のこと、イエス様は会堂に入っていき、人々に教え始められた。すると、多くの人々が驚いたとある。驚いたのはどのような人たちか?イエス様がどのように育ち、誰の家族であるかなどを知っていた人たちである。彼らは自分たちの知っていることが故に、自分たちが実のところ知らない者である、ということに気づくことができなかった。自分の知っている事柄が彼らの壁となり、不信仰に陥ってしまった。

適用:時に不信仰は、自分の知らないことがあるから陥るのではない。知っていることがあるが故に陥ってしまうことがあるのだ。知識、常識、経験、そういったものを積み重ねていくことは素晴らしい。けれども、神様の愛、力、恵、赦しが、空よりも海よりも、高く、深く、広いものであるなら、僕がなにを積み重ねようとも、それらは僕には計り知れないものなのだ。僕はほとんどを知らないに等しいのだ。でもそれを忘れ、時に自分の知識や経験が、信仰のステップの壁となってしまうことがるのだ。そのことを日々思い起こしながら、神様に、あなたを教えてください、と祈っていこう。あなたの声を聞かせてください、と祈り、聖書の御言葉を読んでいこう。いつもと同じような日々の中に、神様の用意されているものに気づくことができるようにと祈っていこう。

祈り:神様、あなたの御名を賛美します。あなたの愛と赦しの恵、知恵と力とは、僕の計り知れないものです。それらを僕の計り知れるものや、知識、経験によって捉えることがないように助けてください。あなたを教えてください。また、人々の心にある信仰を妨げる壁を打ち壊してくださり、横浜で、日本で、人々があなたと信仰によって歩む日が来ますように。そしてそれを信じます。でもまずは僕から。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン

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