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「イエスの弟子選考会」

Topic 弟子・育成

Scripture

「さてイエスは山に登り、みこころにかなった者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとにきた。 そこで十二人をお立てになった。彼らを自分のそばに置くためであり、さらに宣教につかわし、

こうして、この十二人をお立てになった。そしてシモンにペテロという名をつけ、 またゼベダイの子ヤコブと、ヤコブの兄弟ヨハネ、彼らにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。 つぎにアンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、 それからイスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。 イエスが家にはいられると、」

マルコによる福音書 3:13-14, 16-19 口語訳

Observation

12弟子誕生の瞬間だ。

しかもその呼ばれ方はとても緊張する。イエス様にわざわざ「ちょっと山に来てくれるか?」と言われて山の上に呼び出された12人。

普通、ちょっと話があるからいい?と伝えられたらどんな話か気になって仕方ない。怒られるのかな。いったいなんだろう。しかも、山にわざわざ登らないといけないなんて。

山を登ってイエスに伝えられたことは

「あなたを身近におく、大事な12弟子の1人にしたい。」

多くのものがイエス様に近づきたい。なんとか側に行きたいと願うなか、彼ら12人特別にイエス様の側に選ばれたのだった。

Application

わざわざ呼び出されて特別なメンバーに入れてもらえるってすごく嬉しいし、光栄である。

それがイエス様ともなれば、格別だ。

オリンピックyearの今年、オリンピック目指して多く選手が代表選手になるために、雌雄を決している。選ばれるのもはわずかである。そのために相当な努力を重ねている。

でもイエス様の12弟子の面子を見るとけっして、そのために努力をしたのかというとそうでもない。むしろ、裏切ることがわかっていたユダがいて、雷の子といわれるほど荒削り性格だったヨハネがいて、イエスを裏切るペテロがいた。そして、選ばれたものはみな何か長けていたわけでもなく、優秀なものとは言えなかった。代表選出戦があれば、間違いなく選考に落ちるであろうものたちがむしろ選ばれた。しかも代表選手になりたいものは立候補

12弟子は推薦。

しかも、それはイエスのみこころにかなったもの。側に置いておきたいと祈ったものである。

人を育てるというのは決して一朝一夕ではいかない

どれだけ手塩にかけても裏切られることもあるし、期待はずれもある。でも自分もどうしようもないところを愛され、赦され、見守られてきた。本来なら、インターンや牧師に選ばれるような器ではなかっただろう。世間知らずの若造である。

でも主は選んでくださった。

そして、見守り続けてくださった。

今度、自分が人を育てる番になったとき、どうしても相手の残した成果とかうまくいっていないことばかりが目についてしまう。でも、イエス様はそのような者たちを選び側に置かれた。

そして彼らは素晴らしい宣教の働きをする献身者となっていく。

1、イエスの心で人をみる

2、イエスの心で人を育てる

3、焦らずコツコツと時間をかけて人を育てる

4、育てる人を自分の身近に置く

5、働き手を主に祈り求める

Prayer

神様

長い目で僕のことを見て育ててくれてありがとう。同じように、イエス様の心をもって人を育てることができますように。リトリートを感謝します。このチームを祝福し、用いてください。イエスのお名前によって、アーメン

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