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死の谷、嵐の中で共におられる主

御言葉:

11しかし、百人隊長は、パウロの言うことよりも、船長や船主のほうを信用した。

42兵士たちは、囚人たちがだれも泳いで逃げないように、殺してしまおう図った。

43しかし百人隊長はパウロを助けたいと思い、彼らの計画を制止して、泳げる者たちがまず海に飛び込んで陸に上がり、

44残りの者たちは、板切れや、船にある何かにつかまって行くように命じた。こうして、全員が無事に陸に上がった。

使徒の働き27:11, 42-44

観察:

パウロはいよいよ船でイタリヤに向かうこととなった。イタリヤへの道の中、ある港にいた時、パウロは今出発すれば、船も積荷も自分たちも危険にさらされると神様にあって分かっていた。でも、百人隊長はパウロの言うことではなく、その道のプロである船長や船首を信用し、一行は出発することとなる。そして出発から間もなくして、船は激しい嵐に飲み込まれてしまう。

助かる望みも完全に絶たれたか…と皆が感じた時、パウロは再び彼らの中に立って、人々を勇気づけ、神様の助けと知恵があることを証する。夜が開けた。そして嵐の中さまよった船が、座礁という形ではあるが、ついに陸地にたどりつく。けれどその時、船から脱出する囚人に逃げられてしまうのではないか、と考えた兵士たちは、囚人たちをその場で殺してしまおうと図る。

けれど彼らをまとめていた百人隊長は、彼らの計画を制止して指示を出した。なぜか?パウロを助けたかったからである。

適用:

出港する前、パウロにはこの航海は危険だということを、神様にあって確信していた。けれど彼の声は届かず、信用されなかった。しかもその結果、嵐の中を通ることになった。でもパウロは嵐の前もそうであったように、嵐の中でも続けて神様の声に心を傾け、信頼した。そのような生き様は、百人隊長の心を変え、そして命の危険にあいそうだったパウロを守ろう、という思いを与えた。パウロは最初信用されず、嵐を通ったけれど、でも実はその中のプロセスがあったから、百人隊長の心が変えられた。そして、兵士たちが悪い計画を企てた時にパウロを守ることとなった。もしこのことがなかったら、兵士たちは何かのきっかけで同じように囚人を殺そうと考えたかもしれない。その時に百人隊長も賛成したかもしれない。でも喜ばしくは思えない出来事がそのようなことから、パウロを守り、生かし、ローマへと導いたのだ。今日読んだ詩篇の23篇にはこうあった。

たとえ、死の陰の谷を歩むとしても私はわざわいを恐れません。あなたがともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖それが私の慰めです。

詩篇23:4

死の谷のような場所を歩むことがあるのだ。でも、神様はそ死の谷で敵と戦うため、また僕を導くために、むちと杖を用いて働いてくださる。死の谷を歩まないことが一番なのではない。死の谷を歩む時があっても、神様とともにいるかどうかが一番大事なのだ。

だから神様に心の目をいつも開き、共にいてくださる神様を見つめていくことができるようにと祈ろう。死の谷のような場所を歩む時こそ、神様と共にいて、信頼することを選んでいこう。

祈り:

神様、あなたの御名を賛美します。今日生かされていることを感謝します。どこにいるか、よりも、誰といるかを考えることができるようにいつも気づかせてください。あなたといること、あなたのなさること、そのことが僕の心の支え、慰めとさせてください。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン

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