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「祈りの友」

Topic:祈り(友)

 

Scripture(聖書)

どうか、私の祈りの友になってください。主イエス・キリストのゆえに、また、聖霊によってあなたがたが私を愛する愛のゆえに、私の働きのため、共に精一杯祈ってください。

(ローマ15:30 リビングバイブル)

 

兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。

(ローマ15:30 新改訳)

 

I urge you, brothers and sisters, by our Lord Jesus Christ and by the love of the Spirit, to join me in my struggle by praying to God for me. 

(Romans15:30 NIV)

 

 

Observation(観察)

パウロはローマにいるクリスチャン達に祈りを要請している。

 

①パウロの働きのために

②精一杯、力を尽くして

③愛の信頼関係のゆえに

 

リビングバイブルはこの祈りの要請を「祈りの友になってください」という表現をしている。

 

 

Application(適用)

「祈りの友」という言葉が心に留まった。

 

友達と言っても、いろいろな友達がいる。

竹馬の友、親友。

毎日顔を合わせるような友もいれば、年に数回しか会えない友もいる。

そして、信仰を持つと「祈りの友」がそこに加わる。

 

この「祈りの友」の存在は大きい。

自分のことを、まるで自分のことのように祈ってくれる存在である。

そして、これは万人祭司ゆえの恵みである。

誰もが祈りの友となって祈り手となることができる。

また祈りの友に祈ってもらう側になることもできる。

この互いに祈り合うことの美しさ、麗しさ、素晴らしさを改めて噛みしめている。

 

先日のMinisters Serviceでも二人ずつに分かれて祈り合う時を持った。

その光景は本当に美しいものであった。

 

この「祈りの友」の素晴らしさは物理的距離を越えられることだ。

どんなに距離があっても友のために祈ることが出来て、祈りによる支援を送ることができる。

 

先日の礼拝メッセージでも語ったことだが、僕は本当に祈られてここまで来ることができた。

こんなに祈られている牧師はいないんじゃないだろうか。

こんなに牧師のために祈ってくれる教会はないのではないか。

祈りの支援がなければ、祈りの友がいなければ、今日まで牧師として立っていられなかっただろう。

 

僕の人生のテーマの1つは「友だちづくり」。

それはイエスが僕の友となってくれたことから来ている。

 

これからも友を得よう。

祈りの友を得よう。

パウロのように積極的に祈りの友を得よう。

それが、パウロのミニストリーの大きな動力源になっていたのだから。

 

①自らが他者の祈りの友となっていく

 

②祈りの友への招待

 

③祈りの課題の分かち合い

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

アドベント第1週の火曜日。

昨日の大雨、強風とは打って変わって、気持ちの良い晴天の日です。

どんな日であっても、私たちに御言葉を通して語ってくださり感謝します。

パウロの言葉から「祈りの友」ということを教えられ、考えさせられました。

改めて、僕は今日まで多くの人に祈られてきたことを覚えます。

多くの祈りの友が与えられてきたことを感謝します。

主よ、さらに祈りの友の輪が広がっていきますように。

また、僕自身も誰かの祈りの友となっていくことができますように。

そして、祈りの力をもっともっと体験することができますように。

救い主イエスの名前で祈ります。アーメン

 

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