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何もお答えにならなかった

Scripture

ピラトはもう一度イエスに尋ねて言った。「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです。」

それでも、イエスは何もお答えにならなかった。それにはピラトも驚いた。

マルコの福音書 1545節新改訳

Observation

イエスはこれから起こる全てをご存知であった。

どこに連れていかれるのか。

その身に何が起こるのか。

全てを知っていてなお、何もお答えにならなかった。

Application

この場面は、イエス様にとってめっちゃ不利。

自分が不利な状況だったら、何とか説得しようとあれやこれや言うはずである。だけど、それもせず、何もお答えにならなかった。

イエス様は十字架への歩みを黙って静かに歩まれた。

人々に罵声を浴びせられ、無実にも関わらず意見することなく何も答えなかった。そして、鞭で打たれながら、それでも十字架上で「彼らをお赦しください」と祈ってくださった。

とことん自分にとって不利、如何しようも無い状況で言い訳もせず、何か説得しようともせず、その道を歩まれた。

信仰の歩みは決して楽しいことばかりではない。

歯を食いしばってその道を歩む時もあれば、イエス様のようにもしかしたら静かに黙って歩まなくてはいけない時もあるのだ。正直、黙ってなんていられない。「神様どうしてですか?」「何で?」そう言いたくなってしまう。だって、自分を正当化したり、言い訳をしたくなってしまうから。そして逃げたくなってしまう。見て見ぬ振りだってできてしまう。

しかし、それでも黙って目の前の道を歩む時、それは必ず将来と希望につながる。

イエス様がそれでも歩いてくれたからこそ、希望がある。

信仰の歩みは決して簡単ではない。

けれど見て見ぬ振りをしたり、逃げずに、真っ向から目の前のことに向き合い続けるならば、それは必ず希望となる。

1、黙々と歩もう

2、そして神の声に聞き従っていこう

Prayer

愛する天の神様

信仰に至ったこの恵みを感謝します。

イエス様と歩む新しい命、人生は楽しいけれど、見て見ぬ振りをしたいこともあります。けれど、それでも歩まれたイエス様のように、それでもこの道を歩きます。あなたを信じて。そして歩いていけばわかるさと名言があるように、この道を黙々と歩く時、その先にあなたの希望があることを信じます。この至らないものを支え、導き、気づかせてください。アーメン

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