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主の御手

Scripture

エズラはバビロンから上って来た者であるが、イスラエルの神、主が賜ったモーセの律法に通じている学者であった。

彼の神、主の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた。

エズラ記7:6 新改訳

Observation

エズラの名前がやっと出て来た。

エズラはどんな人なのか。

・モーセの律法に精通している学者

・祭司アロンの子孫

・主の律法を調べ実行していた

そんな彼が定めたいたことがある。それは10節・・・

「エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。」

バビロン捕囚から帰還して彼が決めていたことは、イスラエルの人々の信仰をもう一度、主の教えを土台としていくこと。

Application

しかし、彼が捕囚から帰って来たとき国を治めていたのはペルシャの王アルタシャスタ。イスラエル人ではなく、異国の人。さあ、どんな反応を示すのか。

ここが神様の凄いところ。

「彼の神、主の御手が彼の上にあったので王は彼の願いをみなかなえた。」

神様の助けがあり、神様が共にいてくれたからこそ、エズラの道は開かれていった。異国の人である王様は、エズラの定めたことを良しとしてくださった。

普通なら、異国の民のものが決めたことなんて受け入れがたい。特に、アルタシャスタは「王の王」と言われるほどに偉大であった。しかし、そのような方でさえも僕らが信じてやまない。主の主、王の王であられる方は、全てを導かれた。

聖書に次のような言葉がある。

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。ー主の御告げー天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:89)

自分で思い描く道がある。

だけど、僕の歩みを確かにしてくださるのは神様。

神様の道ならば、開かれていく。

一方でそうでないなら、閉じられていく。

1、やっぱり神様

2、神様が導いてくれるから安心

でも、頑なに自分の道を歩もうとする自分がいる。今日も謙遜になり、悔い改めたい。

Prayer

愛する天の神様

今日はエズラ記を通して、やはりあなたが全てを導いてくださっていることを気付かされました。多くの場合、自分の道を突き進もうと頑なです。

でも、そうすると思っていた以上にうまくいかないことを思い知らされます。でも、あなたの道ならば開かれると信じます。これまでも、僕をここまで導いて来てくださってありがとうございます。これからも、どうか僕を導いてください。イエス様のお名前によって。アーメン

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