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3年とさらに1年

Scripture

番人は答えて言った。『ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回り掘って、肥しをやってみますから。もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください。』

ルカの福音書13:89 新改訳

Observation

番人とぶどう園の主人のやり取り

その少し前には、イエス様が・・・

「わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」

そう言われていた。

イエス様はその後、ぶどう園のたとえ話をされたのだ。イエス様の願いは、すべての人が悔い改めて救いに至る事。滅びることを決して願っていない。

Application

主人は3年、実がなるのを期待して待っていた。

だけど、結局は何も実らせなかった木を「切ってしまえ!」と一刀両断。

しかし、番人は「いや、主人よ、1年はせめて待ってほしい」そう提案する。

イエス様はどれくらい僕らが悔い改めるのを待ってくれているだろうか?

待つと言うのは簡単ではない。

ぶどう園の番人は3年待って、さらに1年待った。イエス様はどれくらい待ってくれているのか。

その忍耐と愛に心から感動する。

今日のたとえ話を見ていると、ぶどう園の主人は3年、確かに待ったけど彼はただ待っていただけである。彼が何か世話をしたわけでなもない。直接、そのぶどう園の世話をしてきたのは番人である。

僕だったら、3年も育ち成果が出るのを期待して必死に世話してきたその木から実がなるのをどれほど待ちわびていただろうか。番人も同じである。主人以上に期待し、待ち望んでいたはずである。だって、誰よりも身近で世話してきたのだから。

イエス様は地上に降りてこられて、神であるけれど、人間と過ごされて、まだもう1年待ってほしいと神様にとりなしてくださっている。そう感じずにはいられない。イエス様の厳しさとその愛の両方を思わされる。

1、日々、謙遜になり悔い改める者でありたい

2、時に、待つことも愛だと知る

Prayer

愛する天の神様

あなたの忍耐と愛に心から感謝します。もちろん、待つことが愛であり、時に待つことばかりではいけないこともあるかもしれない。でも、あなたが待ってくれていなかったら、僕らはもう滅びています。そうではなく、生かされていること。そして永遠に至る希望があることを感謝します。悔い改めるべきことをきょうも僕に語ってください。

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