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知識と経験が見えなくすることがある

御言葉:

3イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」4ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。

ヨハネの福音書 3:3-4

観察:

パリサイ派のニコデモという人物がイエス様の元へやってきた。ニコデモはどのような人物であったか?

①律法をよく知るパリサイ派でユダヤ人の指導的立場にいた。v1
②イエス様が神のもとから来られた方であることを知っていた。v2
③神様がイエス様と共にいると知っていた。v2

ニコデモはこのような者であったが、イエス様の言っていることが理解できないと感じ、受け入れられず、理論的な返答をした。学歴社会、地位や名誉が物をいうような国で生きている日本人もびっくり。神の国を見る第一歩は、皮肉にもニコデモの培ってきたものによって妨げられてしまったのだ。次の章に出てくるサマリヤ人の女性とは歩みも、その後の結果も正反対である。

適用:

僕の歩んできた道、積み重ねてきたものは、どのように僕の見る目、聞く耳、信じる心に影響しているだろうか?それらは神の国を見る妨げになっていないだろうか?知識や経験というのは悪いものではない。けれどもそれによって御国の姿が見えない者になり、イエス様の言葉が聞こえない者になってしまうことがあることに気をつけよう。でももちろん、それを言い訳にして、神様の御言葉への探究心や、学ぶ心と姿勢を無くしてはいけない。ただ、知識や経験があってもわからないことはこの地上での生涯につきものだ。そりゃそうである。神の国とその王は計り知れないからだ。でもとにかく大切なことは、自分のわからないことを自分のために理解することではなく、その日、その瞬間の中、主の抱いておられる想いを知ることである。だからこう祈っていこう。

祈り:

神様、僕が自分の歩みを知るためとか、わからないことを知ったり、なにかに納得するためとかではなく、
あなたが僕に知ってほしい、見てほしい、聞いてほしい事を、ただただ僕が受け取ることができますよう、僕の心をあなたの心へと近づけ、造り変えてください。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン

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