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「主の忍耐」

Scripture

「再び主がおいでになるという約束がなかなか実現しないので、いったいどうなっているのかと思うかもしれません。しかし主は、いたずらに日を延ばしておられるのではありません。一人でも滅びないように、すべての人が悔い改めるために必要な時間を与えようと、忍耐して待っておられるのです。」

ペテロの手紙Ⅱ 3:9 リビングバイブル

Observation

イエス様は再び地上にやってこれられる。

聖書で語られているとおりである。

だけど、僕らにはそれがいつなのかは分からない。なかなか来ないじゃないかと不思議に思うこともある。だけど、主はイタズラにその日を延ばしているわけではない。理由がある。

1人でも滅びることないように、全ての人が悔い改めるように待っておられるのだ。

Application

僕の好きな回転寿司に「スシロー」がある。

お値段もそれなりなので、頻繁にはいけない。いつも特別なときにスシローに行く。頑張った自分へのご褒美である。それはもう楽しみで仕方がない。

しかし、大好きなスシローにも僕が嫌いなものがある。

それは、100分を超える待ち時間である。

うまくいけばスムーズにお店に入れるのだが、うまくいかないと途方もない時間待たされる。でも、好きなお寿司ならと我慢する。我慢した先に待っているお寿司は、最高である。

けれど僕は待つのが大嫌いだ。10分でも20分でも待ちたくない。

最高のものが待っている時はまだ待てる。待ち遠しいと思うからだ。けれど、そうではない時はどれほど辛いだろうか。

今日の箇所で主は、

「一人でも滅びないように、すべての人が悔い改めるために必要な時間を与えようと、忍耐して待っておられるのです。」

そう思うと、イエス様はどれほど待ってくれているのだろうか。イエス様の待ち時間は半端ない。しかも、いつでもそれを短くもできるのに、ずっと待ってくれているのだ。

僕は19歳で救われた。

イエス様は19年も僕のことを待ってくれていた。信じられない。

いくら愛おしくて、大切な存在であっても19年も待っているというのはすごく大変だ。

また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。ペテロの手紙 第二 315

イエス様が待ってくれていなかったらどうなっていたのか。

まさに、主の忍耐は救いである。

そしてイエス様の眼差しは、ひとりだけではなく全ての人に注がれている。全ての人が悔い改めて救われることを待ってくれているのだから。

1、主の忍耐に感謝しよう

2、主の願いは全てのものが救われること

3、福音宣教の働きのためにもっと人生を捧げていく

Prayer

愛する天の神様

あなたがどれほど忍耐してくださっているのか覚えます。19年も僕が悔い改めてあなたのもとに帰るのを待ってくださっていたことを感謝します。でも自分が救われておしまいではなくて、あなたの願う全ての人が救われるために僕をこれからも用いてください。あなたの必要のために、栄光のために僕を使ってください。そのために、この人生すべてを捧げます。何もないところから奇跡を起こされる主よ。捧げます。この心。用いてください。アーメン

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