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「牧会命令〜熱心に、心を込めて、喜んで〜」

Topic:牧会

 

Scripture(聖書)

2神の羊の群れ(教会)を養いなさい。いやいやながらではなく、喜んで、その務めに当たりなさい。利益を求める気持ちからでなく、熱心に、喜んで、羊の群れを飼いなさい。 

3支配的にふるまわず、良い模範を示して、彼らを指導するよう心がけなさい。 

4そうすれば、偉大な羊飼いであるキリストがおいでになる時、朽ちない栄光の冠を受けるのです。

(第一ペテロ5:2〜4 リビングバイブル)

2あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい。

3あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。

4そうすれば、大牧者が現われるときに、あなたがたは、しぼむことのない栄光の冠を受けるのです。

(第一ペテロ5:2〜4 新改訳)

 

 

Observation(観察)

ペテロから教会の牧師、長老、リーダーたちへの言葉。

一言で表現するなら、それは「牧会命令」。

 

[消極的には]

①いやいやながらしない

②利益を求めない

③支配的にしない

 

[積極的には]

①熱心に

②喜んで

③心を込めて

④良き模範となる

⑤指導する

 

与えられた牧会の務めを忠実に果たす者には約束されているものがある。

それは「栄光の冠」(The crown of Glory)である。

 

Application(適用)

昨日、ある青年と電話で話していた。

彼は最近になって牧師の務めの大変さを理解するようになって、自分の今までの牧師に対する態度を改めようと思ったというのだ。

これからは敬語を使うようにします、というのだ。

そこまでしなくて良いよと伝えたわけだが、若干二十歳の青年が牧師の務めの大変さを理解し、尊敬し、祈り支えてくれることに感謝した。

 

確かに大変なこともあるが、それ以上にやり甲斐と喜びのある務めである。

何より取るに足らない者であるにも関わらず、選ばれ、召されたことは光栄なことである。

しかも、どんな金メダルにも勝るとも劣らない「栄光の冠」が約束されている。

 

一昨日、恩師の葬儀に参列した。

神学生時代、恩師は理事長の職にあった。

恩師がチャペルで語る説教は毎回心燃やされるものであった。

その恩師の生前最後の説教の音声が葬儀で流された。

80を越え、死が迫る中で、なんと迫力に満ちた力強い声だったことか。

その力強い声以上に驚かされた魂への情熱、そして語られた内容と祈りの言葉。

 

牧師として姿を、生き様を最後の最後まで模範を示してくださった。

死してなお語っておられた。

自分も最後の最後まで、こうありたいと強く心に思わされた。

 

成績悪く、単位ギリギリで神学校を卒業した欠けだらけの器を主は22年牧師として用いてくださった。

これからも、今朝の御言葉が語るように足りないながらも、熱心に、喜んで、心を込めて、牧会にあたろう。

少しでも模範として歩めるように、まず自らが主の姿に倣い、そして良き師たちに倣おう。

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

7月最後の金曜日の朝を迎えています。ようやく眩しい夏らしい朝陽の朝です。

22歳で右も左も分からないまま、牧会の現場に飛び出した若造をここまで愛とあわれみと忍耐をもって導いてくださった主よ、あなたの御名を崇めます。

また教会の愛と忍耐と祈りに支えられて、ここまで22年牧師として歩んで来ることができました。

主よ、最後の最後まで牧師として忠実に歩ませてください。

大牧者であるイエス様に倣い、良き師たちに倣い、熱心に、喜んで、心を込めて牧会することができますように。

これまで模範とならずにかえってつまづきを与えてきたことも数多いと思います。

主よ、ゆるしてください。

少しでも模範となり、あなたを差し示すことができますように。

大牧者イエスの名前で祈ります。アーメン

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