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荒野に砂漠に主の約束を見る

御言葉:
“3弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。4心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。” イザヤ書 35:3-4

“8そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。9そこには獅子もおらず、猛獣もそこに上って来ず、そこで出会うこともない。ただ、贖われた者たちがそこを歩む。10主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。” イザヤ書 35:8-10

 

観察:
ここにいつかイエス様がこの地上にもう一度やって来る日のことが書かれている。荒野や砂漠に花が咲き、川ができるほどに水が湧き出る。目が見えないものが見えるようになり、耳が聞こえないものが聞こえるようになる。そこには大きな道がある。それは聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。では誰も通れないのか?いや、イエス様によって贖われたものがそこを歩むことができるのだと約束が書かれている。

適用:
時に自分の手が弱く感じる時がある。足がよろめくことがある。心騒ぐ日がある。マイナスに見えるような状況の時、僕はどこを見るだろうか?来てくださり、救ってくださる神様がいることを思い起こし、その方を見よう。その時、荒野や砂漠があるところに注がれている、神様の救いと御業の約束を心に感じ見ることができるように、神様が助けてくださるだろう。私が道であり真理であり命です、と言われた方が僕たちに用意してくれている道がある。今日もその道へと続く道を歩んでいることの恵みに感謝しよう。そしてまた、今荒野や砂漠、悲しみや痛みを抱える人たちを覚えて祈り、その道に一人でも多くの人を導くことができるようにと祈っていこう。

祈り:
神様、今日もあなたに生かされ愛されていることに感謝です!上原家にも久しぶりにこれて、感謝!上原家の上に、まわりに、あなたが注ぐ祝福があふれますように!イエス様、感謝します!あなたが僕たちをあがなってくださって、その僕たちが歩むことができる道を備えてくださって感謝します。この地上には荒野があり、砂漠があり、弱さを感じる時があり、ひざが揺らぐ時があります。あなたを見ることができるように助けてください。その時、あなたの恵みが、救いが、愛が注がれるという約束をそなんな一つ一つの場所に、見ることができるでしょう。あなたを信じて進みます。あなたの用意してくださった聖なる道に進む中、どうかまわりの人々に道であり、真理であり、いのちであるあなたを伝えていくことができますように。そして今特に京都の悲惨な事件で亡くなられた方々、その方々の家族、友人を覚えて祈ります。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン

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