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「これからも続く喜び」

Topic:喜び(祈り)

 

Scripture(聖書)

しかし、どのような動機からであれ、キリストが宣べ伝えられているのは事実であり、私は喜んでいます。これからも、この喜びは続くでしょう。なぜなら、あなたがたの祈りと御霊の助けによって、このことがすべて私に益となることがわかっているからです。

(ピリピ1:18〜19 リビングバイブル)

すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。というわけは、あなたがたの祈りとイエス・キリストの御霊の助けによって、このことが私の救いとなることを私は知っているからです。

(ピリピ1:18〜19 新改訳

 

 

Observation(観察)

パウロがピリピ教会に書き送った手紙。

わずか4章の手紙の中で何度も何度も「喜び」というワードが用いられている。

それほど喜びが強調されている「喜びの手紙」。

 

迫害、投獄、ねたみ・・・一見するとネガティブなことばかりがパウロの身の周りで起こっている。

しかし、パウロはそのネガティブなことすら喜んでいる。

なぜなら、そのことのゆえに結果的には福音が証され、キリストが宣べ伝えられているから。

結果オーライでパウロは喜んでいる、というのだ。

 

しかも、その喜びがこれからも続くと語る。

その理由は・・・

 

①あなたがたの祈り

つまりピリピ教会の祈り

 

②御霊の助け

 

 

Application(適用)

「喜び」はガラテヤ5章で語られている御霊の実の9つのうちの1つである。

キリストを信じる信仰者が結んでいくべき実である。

 

僕自身は14歳で初めて福音を聞き、イエスを知って救われてから、変わらない喜びがある。

その喜びが今の僕を支え、ここまで導いてきてくれた。

30年続く喜びである。

これからも、この喜びが僕を支えていってくれる。

 

今日、教えられたことの1つは僕が誰かのために祈るとき、教会が誰かのために祈るとき、その人のうちに喜びが与えられ、保たれることだ。

それは、御霊の働きによるのだが、僕たちはそこに参加し、主と共に働く特権に与ることができるのだ。

 

喜びを奪い取る働きが確かに存在する。

牧師は様々な方々の相談を聞くことも多いわけだが、喜びを奪い取られてしまう方のなんと多いことか。大きな祝福の後に落とし穴が待っていることも多い。

 

①愛するOhanaの喜びが奪われないように祈ろう

 

②喜びの源である主を証し続けよう

 

③いつも主にあって喜ぼう!

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

昨日の暴風雨が嘘のように晴れ渡っている爽やかな火曜日の朝を迎えています。

誰もが昨日の天気のように嵐のシーズンを過ごすことがあるでしょう。

それでも、パウロが喜びをキープできたように、皆の心が守られ、喜びの実を結んでいくことができますように。

また、そのために祈る者とならせてください。

僕自身は14歳で救われてから、今日まで30年間変わらない喜びに満たされていること、本当に感謝します。これからも主にあって喜びます。

NHYが主にある喜びに満ちあふれた教会でありますように。

救い主イエスの名前で祈ります。アーメン

 

 

 

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