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「無意味にしてはいけない」

-Scripture

私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。

ガラテヤ2:21 新改訳

-Observation

律法を守ること

行いによって

そうして義が得れるとしたら、それは、

1、神様の恵みを無にしている

2、イエス様が十字架で命をささげてくださったことが無意味に

-Application

ああ俺は、どれだけ神様の恵みを無にし、イエス様が命をかけてくださったことを無意味にしているだろうか。

すぐに行いによって自分を認めてもらおうとする。

タスクをこなすことや達成によって自分は大丈夫だと思いたがっている。

できなかったら自分はダメなのか。

それができたら、自分は良いのか。

どちらであっても神様は俺のことを愛しているから、たったひとりの子をささげてくださった。

イエス様もそれを知っていたから、命をかけてくださった。

神様の一方的な愛と恵みであり、イエス様の大きな犠牲である。

しかし、それをすぐに忘れてしまう。いや、もしかしたら、そのことを本当に受け取れていなかったかもしれない。神様の愛は、頭では決して理解できない。理解しようとしても難しい。神様の愛はそれほどに僕の想像なんて、超えている。

これまでも律法的に、また行いによって自分は大丈夫だと思いたがってきた自分は的外れもいいところ。だいぶ、神様の恵みからは外れてしまっているのかもしれない。神の愛、イエスの死。それは僕の想像をはるかに超えている。

そんな僕だけどやっぱり神様に愛されている。赦されている。

それを伝えるために、イエス様はその命を犠牲にしてくださった。

イエス様の死を無駄にしたくない。

それが自分のようなもののためだった。感謝。歓喜。涙である。

これからもイエス様の十字架を見上げ続けたい。イエス様が僕の罪のために死んでくださり、新しい命を与えるためによみがえってくださった。それが、僕の信仰の出発点であり、いつでも帰る場所。原点。

-Prayer

愛する天の神様

あなたの恵みが一方的であることを感謝します。

イエス様、神の愛をその身をもって実現してくださってありがとうございます。

失敗もするし、気づけないし、ずれてしまうけれど、それでもいつでも帰るべきあなたがいてくれることを感謝します。

あなたに愛されていることに感謝!

今日は、東日本大震災から8年です。

痛みを通られたから、苦しみの渦中にいる方にあなたの愛と励ましが豊かにありますように。アーメン

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