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「それでも歩かれた」

-Scripture

“そして、前を行く者も、あとに従う者も、叫んでいた。「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。

祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に。ホサナ。いと高き所に。」”

マルコの福音書 11章9~10節

-Observation

この賛美がいずれ、罵声へと変わることをイエス様はもちろん、知っていただろう。

この時、イエス様はどんな気持ちで凱旋されたのか。

多くの人が賛美し、着ていたものを地面に引いて招くほど盛大なパレード。

だけど、そんな盛り上がりの中でイエス様はどんな気持ちでいただろうか。

-Application

僕だったら、この街には入りたくはない。これから自分が死ぬ場所に、罵声を浴びる場所に行きたくない。

知らないならまだしも、知っているなら尚のこと行きたくない。

けれど、イエス様は入城された。

それでもイエス様は入城してくださった。これから賛美が非難と罵声に変わり、十字架にかかると知ってなお、入城されその道を歩かれた。

どうして歩いてくれたのか?

それは、僕のため。世界中にいり1人1人のため。

それだけの覚悟と犠牲を持って入城されるほどに、僕らは愛されている。赦されている。

とてもじゃないけど、真似できない。

けど、もしできたら…

奥さんをどれだけ大事にできるだろう。親や友達をどれだけ大事にできるだろう。教会のみんなをどれだけ支えられるだろう。社会でどれだけ神の愛を証できるだろう。

100%イエス様になれなくても、近づくことができ、似たものと変えられていきたい。

-Prayer

愛する天のお父様

イエス様ってすごいですね。これから苦しい思いをし、痛い思いをするのを知ってなお入城され、その道を歩かれました。

そのような愛、忍耐を他にしりません。僕たち罪人のために、足りないもののために歩いてくださってありがとうございます。

イエスキリスト、という道をどんなことがあっても歩き続けます。アーメン。

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