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「夢見心地」

Topic:奇跡(ペテロ)

Scripture(聖書)

9ペテロは牢獄を出て天使について行きましたが、その間ずっと、夢か幻でも見ているような気分で、どうしても現実のこととは思えません。
10第一、第二の見張り所を通り抜け、とうとう町に通じる鉄の門の前までやって来ました。するとその門も、ひとりでに開くではありませんか。二人は難なく外に出て、次の通りまで歩いて行きました。そこで天使の姿は、かき消すように見えなくなりました。
11その時、ペテロは我に返り、何が起こったのかやっと気づきました。「夢じゃない、夢じゃないんだ。確かに主が天使を遣わし、ヘロデの手から、またユダヤ人たちのたくらみから救い出してくださったのだ。」

(使徒12:9〜11 リビングバイブル)

Observation(観察)

迫害の手はペテロに伸びて、いよいよ明日処刑されるというところまで来ていた。

そんな処刑前夜に起きた奇跡を聖書は記している。

それは牢獄に鎖で繋がれているはずのペテロの鎖が解け、厳重な警備体制の中、天使に導かれ救出されるという奇跡であった。

その奇跡を体験した当のペテロ本人は最初、それが現実のこととは思えず、夢見心地であった。

奇跡の救出劇に気づいたのは、通りに出てからだった。

 

Application(適用)

ペテロが奇跡を体験している時、夢見心地であったように、人は奇跡を体験しても案外その時には気づかないのかもしれない。

後になって、それが奇跡であったこと、主の守りであったことに目が開かれることがあるのかもしれない。

もっとそういう主の導き、主の業、奇跡に敏感でありたいと思う。

ペテロですら気づかなかったのだから、私たちは尚更気づかないかもしれないが、やはり気づきたい。

今も実は奇跡の中にあるのかもしれない。

そして、忘れてはいけないのは奇跡の背後にある教会の熱心な祈りである。

「こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。」(5節)

①今日の奇跡を思い巡らす。

②教会で心を1つにして祈る。

③教会の祈りは奇跡を起こすと信じる。

 

Prayer(祈り)

主よ。2年ぶりにHawaiiに来ることが出来ました。これも主の奇跡です。Hawaiiに来る直前に心折れそうになるようなことが起こりましたが、あなたの守りがあることを信じます。
改めて振り返ると今日も小さな奇跡がいっぱいでした。ただただ、あなたの御業に驚き、感謝し、感動し、御名をあがめます。明日から始まるDCAT Conferenceを大いに祝福してください。どうかあなたの奇跡にもっと敏感になることができますように。また教会の祈りが奇跡を起こすことを信じ、みなで心を1つにして祈り続けることができますように。救い主イエスの名前でお祈りします。アーメン

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