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「どうか・・・」

-Scripture

だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。

私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。

詩篇 191214

-Observation

詩篇作者の正直な告白に、とっても心打たれる。

「どうか私の罪をお赦しください」

誰だって自分が罪人、間違っているということは認めたくないものである。それは難しいこと。でも、彼は正直に自分の罪を赦してください。そして傲慢な罪から守ってくださいと神様に祈り求めている。しかも、それはまだ隠れている、自分が気づいていないような罪までもだ。

-Application

新約聖書の中で、2人の祈り手が出てくる。1人はパリサイ派の人。もう1人は取税人。

パリサイ派の祈りは、隣にいる取税人とは違って自分は正しく神の前できよいことを感謝する祈り。

一方で取税人の祈りは、一言。「こんな罪人の私をあわれんでください。」

詩篇19篇の作者の祈りも、正直な告白であった。隠れた自分の罪を赦してください。

そして取税人の祈りも、罪人である自分を赦してください。どちらも自分には欠けがあり、弱さがあることを良く知っていた。知っていただけじゃなくて受け入れていた。

でも、そうした弱さや欠けを認められず受け入れられないのが人である。自己正当化、自己義認とやっぱり自分がかわいいのだ。

気をつけていないと、簡単に自分を正当化し高慢になれてしまう。そして、自分は大丈夫と思っていると知らぬ間にちょっとずつズレていて、そのズレは取り返しのつかないものになる。僕自身、いつも気をつけていたい。どうしたら、このズレを大きくせず、いつも神様の御前に正直に出ていけるだろうか。

1、自分が欠けだらけであることを受け止める

2、神様の前で嘘をつかない

3、日々のデボーションと祈りの中で、心をチェックする

4、メンターやリーダーに心をチェックしてもらう

-Prayer

愛する天の神様、あなたの前で詩篇19篇の作者のように素直になれますように。そして隠したり、建前や見せかけではなく正直な祈りをすることができますように。ズレているなら正してください。祈りの中で、み言葉をとして変えてください。

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