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残される問題があるから

御言葉:

“15わたしが今、手を伸ばして、あなたとあなたの民を疫病で打つなら、あなたは地から消し去られる。16それにもかかわらず、わたしは、わたしの力をあなたに示すためにあなたを立てておく。また、わたしの名を全地に告げ知らせるためである。”
出エジプト記 9:15-16

“1主はモーセに仰せられた。「パロのところに行け。わたしは彼とその家臣たちを強情にした。それは、わたしがわたしのこれらのしるしを彼らの中に、行うためであり、2わたしがエジプトに対して力を働かせたあのことを、また、わたしが彼らの中で行ったしるしを、あなたが息子や孫に語って聞かせるためであり、わたしが主であることを、あなたがたが知るためである。”
出エジプト記 10:1-2観察:

神様はモーセを遣わして、イスラエルの民をエジプトから救い出そうとされていた。その中でエジプトの王は心をかたくなにさせ、人々をひどく扱い、何度も言っていることを変え、イスラエルの民を行かせようとしなかった。その中でイスラエルの人々は悩み、不満や疑いを持った。僕の人生にも時に簡単でないことが起こる。人生の中にある難しい状況は、なかなか良くならない時がある。けれど今日聖書の御言葉を読んで励まされたことは、その中に神様はいてくださり、その中でこそ聞くことのできる主の心があり、その中でこそ現れる主の力があるのだということだ。最近行っているジムにはおじいちゃん達が多い。彼らは服を着て、普通に歩いていたら、普通のおじいちゃんにしか見えない。彼らがなぜ力強いと僕は知ることができたか?それは彼らがジムで大きく負荷のかかるトレーニングをしている時、重い重量のダンベルなどを持ち上げる時だ。今神様はすべての問題を消し去ることができる。にもかかわらずなのである。にもかかわらず、神様は、その力を僕に示すために、ある問題を立てたままにしてくださっている時があるのだ。神様と共に歩んでいくなら、必ずその中でその力を働かせてくださる。それは僕が「わたしはある / I am」という方がいてくださり、その方こそ主であることを知るためなのだ。そしてそれだけじゃない。それを僕のまわり、そして次の世代へと語って聞かせ、彼らも、この方こそ主であることを知るためなのだ。適用:

僕の人生に問題がある時に、その問題にフォーカスするんじゃなくて、その只中におられる神様に心を向けよう。主がいてくださるなら、主のタイミングで起こされる御業があるのだ。また僕のまわりの人たちに寄り添いながら、そして励ましていこう。その人たちの人生の中、また教会の中にあるチャレンジ、問題、主は知ってくださっている。神様と一緒に歩んでいこう。その時に、「わたしはあるという方が、確かにいてくださるのだ。」と知り、そして力強くその御名を全地に伝えていくことができるだろう。残される問題があるから希望を受け取れる人生がある。祈り:

神様、あなたの偉大な名前を賛美します!! あなたがエジプトの国で起きた問題の中でなさった御業が、僕に今日励ましと、希望を届けてくれました。今この時代においても、あなたはある問題を消し去ることができるにもかかわらず、その中であなたの力を示そうとしてくださっている。どうか僕が、教会が、問題の上を、下を、中を通る時、あなたに心を向けさせてください。あなたの力強さを知ることができますように。だからこそ届けられる希望があると信じます。あなたの希望が必要な人生に届いていくことができますように。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン

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