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「苦しみのうちに」(信仰)

苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。詩篇120:1

 

In my distress, I cried to the Lord, And He heard me. Psalm 120:1 NKJV

詩篇120篇の詩人は、「苦しみのうちに」いた。彼は、争いを好み、偽善的で、不誠実な人々の間で生きていたのだ。今の世の中と似ているなと思った。詩人が「苦しみのうちに」何をしただろうか?自己憐憫に陥った?!不安や恐れで落ち込み、悩んだ?!敵を呪った?!神を否定し、不満を言った?!新改訳聖書では、「私が主に呼ばわると」と言っている。NKJVでは“I cried to the Lord.”と言っている。「苦しみのうちに」あっても、詩人のフォーカスは、自分でも、人でもなく、主だったのだ。そして、主に呼ばわるのだった。主に“Cry”叫ぶのだった。そして、その結果、主が、聞いて下さったこと、答えて下さったこと、助けて下さったことを証言している。

 

この短い1節の中で、僕たちが「苦しみのうちに」どのような態度、言動を取るべきなのか教えてくれている。それは、主だけにフォーカスし、主だけに助けを求めると言うことだ。苦しみは、僕たちを “Better”にすることもできれば、“Bitter”にすることもできる。苦しみのうちに、主から離れることもできれば、主に近づくこともできるのだ。苦しみをどのように受け取るかが大切なのだ。僕たちが、苦しみのうちに、主にフォーカスし、主に呼ばわることを学ぶ時に、主が僕たちの叫びを聞いて下さること、答えて下さること、助けて下さることを経験することができるのだ。そして、苦しみのうちに、主を知り、主を経験できるのだ。

僕は、48年間の人生の中で、この3年間ほど、数々のチャレンジを感じていることはない。でも、同時に、この3年間ほど神様に近づき、神様に求め、神様の慰め、励ましを受けていることもない。今通読しているヨブ記がこんなに近く感じたことはない(笑)ある牧師は「苦しみも喜び」「苦しみも感謝」と言う。僕はまだそこまで言っていない。でも、今日、言えるのは、「苦しみも悪いものではない。」それは、苦しみの中で、主に呼ばわると、主が答えて下さるからだ。今日も主に求めていこう!

主が苦しみのうちに与えて下さる慰め、励まし、力を受けていこう!

「神様、今日もあなたの言葉を通して、僕を励まし、養い、導いて下さってありがとうございます。今日も、『苦しみのうちに』あなただけにフォーカスし、あなただけを呼び求めます。今日もあなたを愛します。あなたに従います。アーメン。」

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