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「今なお望みがある」Topic:悔い改め

Scripture

“エズラが神の宮の前でひれ伏し、涙ながらに祈って告白しているとき、イスラエルのうちから男や女や子どもの大集団が彼のところに集まって来て、民は激しく涙を流して泣いた。

そのとき、エラムの子孫のひとりエヒエルの子シェカヌヤが、エズラに答えて言った。「私たちは、私たちの神に対して不信の罪を犯し、この地の民である外国の女をめとりました。しかし、このことについては、イスラエルに、今なお望みがあります。”

エズラ記 10章1~2節

Observation

神様が与えてくれた律法、神のことばによって、イスラエルの民の信仰を再建するビジョンが与えられたエズラ。彼はエズラ記7章で初登場し、7章10節では主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして「心を定めていた」とある。

けどビジョンを持って、さあ!やるぞ!という時に彼の出鼻をくじく出来事が起こった。イスラエルのわずかな者達が異国の女性達と結婚し始めたのだ。忌み嫌うべき国々の民と繋がってしまったのだ。なんと、国のつかさたち、代表者達がその不信の罪の張本人であった。

神様のために、建て直しのビジョンを持って意気込んでいたエズラにとってこれほどショックなことはなかった。それゆえの彼の涙であった。涙、涙の祈りであった。「神様、あなたがたくさんの恵みにより、あの捕囚生活からも救ってくれたのに。神の宮も再建できたのに。なんと神様に申し上げたら良いのか。」

けれど、ここで涙したのは彼だけじゃなかった。民も激しく涙を流して泣いたのだ。

エズラが神の宮の前でひれ伏し、涙ながらに祈って告白しているとき、イスラエルのうちから男や女や子どもの大集団が彼のところに集まって来て、民は激しく涙を流して泣いた。

Application

みんなで涙を流して泣いた後に、民はこのように言われた。「私たちは、私たちの神に対して不信の罪を犯し、この地の民である外国の女をめとりました。しかし、このことについては、イスラエルに、今なお望みがあります。」

私達は罪を犯しました。

しかしまだ希望があります。

彼らは悔い改めて、繋がった妻や子供達と離縁することを選んだ。家族と離れる決断はどれほど葛藤したことだろう。けれど彼らの涙ながらの悔い改めの実がそこに現れているように思う。どんな痛みが伴おうとも、それだけ自分は神様から離れてしまったことを悔い改めた。そこに希望があるという。

不信の罪を犯してしまった人々のすごいなと思うところは彼らが「悔い改め」たところだ。それを実行に移したところ。悔い改めても、正直、家族を手放さないこともできたはず。けれど、徹底的に彼らは悔い改めを実践した。

神様は言葉や形だけの悔い改めでなくて、心からの悔い改めを望んでおられるのだと教えられる。そこには希望があるのだと。僕も神様に正直に悔い改める者になっていきたい。正直、謝るのも自分の欠けや足りなさを認めるのも簡単じゃない。僕は頑なだ。けれど、神様の願っていることは悔い改めて神様の方法により生きていくこと。

今日聖書から教えられたことは、

1、神様の前では正直になっていくこと

2、悔い改めには痛みが伴うこと

3、悔い改めるなら、希望があること

4、反対に悔い改めをせずにいるなら、僕は滅びに至るということ

Prayer

神様、あなたの前で着飾ったり建前よくするのはやめます。僕の正直な心をいつもあなたの前に差し出していくことができますように。そして差し出す時、ずれているなら、あなたがずれを正してください。悔い改めへと導いてください。僕が今何より悔い改めたいことは、あなたから逃げていたことです。今、怖かろうがなんだろうが、あなたから逃げずに向き合うことを教えてください。全てを受け止めてくれる、神様に感謝を込めて。アーメン

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