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「神にとって不可能なことは一つもありません!」(信仰、ビジョン)

1:37「神にとって不可能なことは一つもありません。」1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。ルカ1:37-38

有名な御使いがマリヤに現われ、全人類が待ち望んでいる救い主が彼女から生まれることを伝えるシーンだ。マリヤは初めから御使いの言葉を信じることができたわけではない。いろいろ理由はあるだろうが、「自分が処女」と言う事実、現実があったからだ。マリヤは御使いと問答をする。御使いもマリヤの親類のエリサベツが不妊の女と言われていたのに妊娠6ヵ月になっていることなどを例にとってマリヤがイエス様を身ごもることを説得するのだ。そして、極めつけの一言。「神にとって不可能なことは一つもありません。」そう言われてマリヤは、「いや、でも・・・」とは言わなかった。「どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」と言うのだった。どうして、マリヤは、普通に考えたらありえないことを信じることができたのだろうか?いくつか理由があるだろう。1,神の言葉をしっかりと聞いていた。神の約束、言葉を聞いていた。2,神の言葉に対する全幅の信頼があった。3,謙遜な信仰を持っていた。自分のことを「主のはしため」だと知り、信じていた。4,神は弱いものを用いられることを知り、信じていた。(48-53節)5,主の言葉を分かち合う友、メンターがいた。この預言以後、3ヵ月もエレサベツと一緒に生活している。その中で励まし合い、祈り合い、彼女の信仰、確信は強められていったことだろう。

今、僕の信仰はチャレンジされている。「神にとって不可能なことは一つもありません!」を信じ、告白し、生きることが以前よりは難しくなっている自分を発見する。いろいろな理由があるだろうが、大きく分けて二つあるように思う。一つは現実、事実があるからだ。僕はビジョナリーだから最初から大きなビジョンを持って教会を牧会してきた。14年たって神様が答えて下さった、達成させて下さったビジョンもあれる。でも、僕が思い描いたビジョンとかけ離れている現実、事実もあるのだ。それを見ると「神にとって不可能なことは一つもありません。」を信じ、告白し、生きることが以前より難しくなっている。もう一つは、自分の弱さだ。能力的な弱さ、健康的な弱さを感じている。そんな中で「神にとって不可能なことは一つもありません!」を信じ、告白し、生きることが以前よりは難しくなっているのだ。でも、改めて、今日教えられる、大切な二つのことがある。1、続けて僕が神の言葉、約束を聞いていくことだ。その中で、もう一度、神様がニューホープ横浜に与えられている計画、ビジョンを聞いていきたい。見ていきたい。それが最初の頃思い描いたものとは違うとしても、それを受け入れ、勇気を持って変化を起こしていきたい。2,自分の弱さを神様に委ねていこう。神様が僕を牧師に召してくれたのは、僕が何かできるからではない。僕が弱いことを知り、それでも選んでくれて用いて下さっているだけなのだ。マリヤのように純粋に弱い物を用いられる神を信じ、Yesと言って従っていこう。

「神様、今日も御言葉を持って僕を励まし、導いて下さってありがとうございます。まず、僕の不信仰を赦して下さい。すぐに現実や自分の弱さを見てしまうことを赦して下さい。神様、あなたの声、あなたの計画を聞かせて下さい。見せて下さい。そして家族をリードさせて下さい。教会をリードさせて下さい。また、僕の弱さを今日もあなたにゆだねます。今日、僕は自分の弱さではなく、あなたの強さにフォーカスし、賛美します。『神にとって不可能なことは一つもありません!』今日もあなたを愛します。あなたに従います。アーメン。」

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