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名声のテスト(メンタリング)

S:「・・・主が彼に大きな力を貸したので、ウジヤ王の名は遠くまでとどろき知られるようになりました。 ところが、それに気をよくした王は思い上がり、ついに堕落への道を進み始めました。彼の神、主に対する罪を犯し、入ることを禁じられていた神殿の聖所に入って、祭壇の上で香をたこうとしたのです。」歴代誌Ⅱ 26:15-16 JCB

ウジヤは16歳で王となり、52年間もエルサレムを治める。68歳まで現役で治めたと言うことだ。これは、当時の王の中では長いほうだ。ウジヤ王は基本的には、良い王として知られている。でも、その最後は、神から背き、ツァラアトにかかり、最後まで隔離されて生活することになる。何て残念なことだろうか。どうして最後の最後で背いてしまったのか?「名声のテスト」に失敗したからだ。彼は名声があがると、1、思いあがった(16)2、人の声が聞けなくなった(17-19)祭司長アザルヤと80人の祭司のアドバイスに耳を貸すことはなかった。逆に逆ギレしたことが書かれている。一方、5節に「神を畏れ敬うことを教えたゼカリヤが生きている間、ウジヤはいつも熱心に神を求めました。」と書いてあるように、メンターに耳を貸していた時は神の祝福を受け、神様のために沢山のことをし、有名にさえなることができた。3、禁じられていたことをしてしまった。(16)祭司にしか許されていなかった聖所に入り、香をたこうとしてしまう。ウジヤは「名声のテスト」に失敗したが故に悲しい最後を迎えることになる。

A:今日ウジヤ王の生涯から、僕は、夫して、父親として、牧師として最後まで忠実に従い通すことを心から願い、祈らされる。「名声のテスト」にもパスしていきたい。牧師が最も試されるテストが3つあると聞いたことがある。1、女性のテスト。2、お金のテスト。3、名声のテスト。名声のテストとは、誰にでもそうだろうが、特に牧師やリーダーにとっては大きなものなのだろう。名声のテストにパスしていくために改めて大切だと思ったのが2つある。それは、メンタリングやアカンタビリティーの重要性だ。そのために、1、自分から率先してメンタリングやアカンタビリティーを求めいく。誰に会ってメンタリングやアカンタビリティーを求めたら良いか祈って考えてみよう。2、賢いアドバイスを受けたら、それを行うことだ。聞いただけで終わったら何も変わらない。僕は、ハワイで沢山の知恵のあるアドバイスをもらったからそれを忠実にしていこう。

P:「神様、今日もみ言葉をとおして僕を励まし、導いて下さってありがとうございます。僕が謙遜になって続けて人や本からメンタリングやアカンタビリティーを受けていけますように。そして、名声のテストにもパスしていけますように。僕の生涯最後まであなに従っていけますように。今日もあなたを愛します。あなたに従います。アーメン。」

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