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人生の終わりに、そして今日の終わりに言いたい言葉

御言葉
“7私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。”
テモテへの手紙 第二 4:7

観察
幾度もの危険、困難、迫害にあったパウロ。けれどパウロは命が神様から与えられている1日1日の中、神様のために生きつづけ、けっして戦いを諦めることなく、信仰を守り通した。そしてついにはその道のりを終え、天の御国に行く時が近づいていた。

適用
僕がもし明日死ぬのなら、なにを考え、なにを思い、なにをするだろうか?果たしてパウロと同じように、自分は勇敢に戦い、走るべき道をのりを走り終え、信仰を守り通した、と言えるだろうか?このことに確信を持って言えるか言えないかは、自分がはたして神様に召されたレースを走っているかを知るひとつの指針となる。第二テモテの4章には、多くの人が自分の都合にいいことを言ってくれる教師と呼ばれるような人たちを寄せ集めると書かれている。教会であってもそうなってしまうのだ。聖書の御言葉が語られ、礼拝が持たれていても、教会が、またクリスチャンの集まりが、自分たちの都合のいいものになってしまいかねないのだ。だからこそちょっと足を止めて、自分が神様がしてくれないか?ということをしているのか、また、信仰によって歩んでいて、勇敢に戦い、神様が用意された、走るべき道を走っているだろうか?と自分に聞き、心をチェックすることが大事である。人生には色々ある。もちろん礼拝の中でそこに集まる方々が励まされてほしいし、愛されていることを知ってほしい。ただそれと同時に、教会が、礼拝が、人々をただいいよいいよ、なにか表面的なことを励ますところではなく、それぞれに神様から委ねられた働きを、勇敢に走りぬくことができるように、また、信仰によって歩むことを励まし、守り通すことができるようにみんなで支え合い、助けあう場所であってほしいと願う。まず今日という日に、自分を変えてくださいと祈っていこう。今日という日をまず信仰によって生き、勇敢に戦い、今日走るべき道を神様に祈り求め、最後はイエス様への感謝をもって1日を終えよう。たとえ問題があったとしても。悲しみの中も、喜びの中も、信仰にあって生きたいと願う。勇敢に戦おう。走るべき道のりを走ろう。信仰によって生き、守り通そう。天の御国に行く日、その日はあっという間に訪れるのだから。

祈り
神様、今日の新しい1日を感謝します! 僕の命が、あなたに贖われたひとつひとつの命が、今日という日を勇敢に戦い、あなたの走ってくれないかと願われる道のりを走りぬき、信仰によって歩み、信仰を守りぬくことができますように。あなたの知恵と、助けを祈り求めます。あなたの御声を祈り求めます。いつもあなたに、天の御国に想い向け、あなたにある喜びをあふれさせてくださり、「あなたが来てくださったのだ、あなたの愛と赦しが注がれたのだ!」と宣べ伝えながら生きることができますように。言葉にも態度にも、あなたの香りがあふれますようにと祈ります。そしてそうでない時が多くありますから、赦してください。あなたのような心へと変えてください。僕たちの人生を通して、一人でも多くの人が、イエス様に出会うことができますように。イエス様のおなまえによって祈ります。アーメン

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