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「愚かなまでに」

Topic:信仰

 

Scripture(聖書)

しかし、私のたましいよ、気落ちするな。動転するな。神に期待せよ。

神がすばらしいことをしてくださり、私はきっと賛嘆の声を上げるのだから。

このお方こそ、私の命綱、私の神。

(詩篇42:11 リビングバイブル)

 

わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。

神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。

(詩篇42:8 新改訳)

 

 

Observation(観察)

人生には気落ちするようなことが起こる。

動転してしまう時もある。

 

しかし、そこで終わってはいけない。そこに、留まり続けてはいけない。

 

①神に期待する

②神を賛美し続ける

③信仰を告白する

 

 

Application(適用)

今週は受難週(Passion week)であり、今日がまさに受難日(Good Friday)である。

 

改めて、主イエスが私の罪の一切合切を背負って十字架にかかってくださったことの意味をかみしめ、その贖いの恵みを受け止めていきたい。感謝します。

 

キリストが十字架にかかり、墓に葬られたこの日。

今日はこれから妹の納骨式をする。

昨年の6/13、思いもよらない突然の死だった。

 

妹の死を知らせる母からのメールにうろたえた。動転した。

メールだから、そこには文字しかないのだが、母の悲しみの涙が見えるよう、母の悲しみと嘆きの声が聞こえるようだった。

 

葬儀でも語ったが、自分より6歳年下の妹を先に送ることになるとは夢にも思わなかった。

人生一寸先は闇で、何が起こるかわからない。

 

誰の人生にも気落ちすることが起こる。動転するような時がある。

クリスチャンであろうと、牧師であろうと、それは変わらない。

どれだけ富や財を手にしようが、権威や名誉を手にしようが、関係なく試練や困難、悲しみ、絶望が襲ってくることがある。

 

そのような中でも、詩人が告白したように、信仰を働かせ、生ける神を信頼し続ける者でありたい。

 

昨日読んだ渡辺和子さんの著書「あなたはそのままで愛されている」にあった言葉が響いている。

 

「愚かなまでに神の”善さ”を信頼し、心にみことばを、しっかり刻んで生きてまいりましょう。」

 

確かに気落ちするようなことはある。

残念ながらガッカリしてしまうような事が起こる。

動転してしまうような事も起こる。

 

しかし、それでもなお詩人がした3つのことを愚かなまでにしていこう。

 

①神に期待する

 

②神を賛美し続ける

 

③信仰を告白する

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

2018年の受難日(Good Friday)の朝を迎えています。

 

あなたが打たれたゆえに、いやされ。

あなたが背負われたゆえに、解放され。

あなたが死なれたゆえに、生かされ。

 

私が受けるべきだった痛み、負うべきだった十字架。

そして、私が受けるべきだった死。

 

私の愚かさが、私の罪が、あなたを苦しめ、痛め、死にまで追いやったことをお赦しください。

全部、全部、代わりに受けてくださったこと。

感謝しても、感謝しても、感謝し尽くしきれない恵みです。

 

気落ちすることが起こります。

動転するようなことが起こります。

 

しかし、

 

あなたを信頼し続けます。愚かなまでに。

あなたに期待し続けます。愚かなまでに。

あなたを賛美し続けます。愚かなまでに。

 

あなたこそ、私の命綱、私の神。

 

今日の納骨式、Good Friday Serviceをお守りください。

 

I love You. Amen

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