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「一流リーダーの落とし穴」(親、次世代、リーダー)

「神の人ヨシュアは百十歳で世を去り、エフライム山中、ガアシュ山の北にあるティムナテ・ヘレスの自分の領地に葬られました。ヨシュアが生きている間、人々は主に忠実でした。彼の死後も、主がイスラエルに行った驚くべきわざを目撃した長老たちの存命中は、その態度に変わりはありませんでした。ところが、ヨシュアと同世代の人々がみな世を去ると、あとの世代は彼らの神を主として礼拝せず、主がイスラエルのために行ったわざさえ関心を示さなくなったのです。」
士師記 2:7-10 JCB

ヨシャアは一流のリーダーだった。モーセからリーダーシップのバトンを受け継ぎ、何十万というイスラエル全部族を率い、約束の地へ入る。また、彼の信仰の影響力も大きく、彼や同世代のリーダーたちが生きている間は、人々は神に忠実だった。でも、彼らが死ぬとどうだろう。次の世代は、神に従わなくなってしまうのだ。そして、神様がして下さったことに関心さえ示さなくなってしまった書いてある。何と悲しいことか。ヨシャアは一流のリーダーだったが、次世代リーダー育成、信仰継承という点においては失敗してしまうのだ。どうして?モーセの後を継ぐというプレッシャー、大役でいっぱいだった?!目に見えるチャレンジ、敵にフォーカスしすぎた?!約束の地を占領するというビジョンに心が奪われていた。同世代のリーダー育成だけにフォーカスしてしまった?!何であれヨシュアは次世代リーダー育成ということにおいては失敗してしまうのだ。

中野先生が言っていたことを思い出す。「一流のリーダーは、大きな働きをするが孤独だ。子供
たちが信仰継承していなかったりして家族は寂しい。でも、僕のような2流のリーダーは、一流のリーダーほどの働きはできないが、家族の関係や信仰も祝福されて幸せだ。」その時は、「へー、そういう傾向があるのだなあー。僕は中野先生は一流のリーダーだと思うのにな。」と思ったものだが、聖書を読むと次世代リーダー育成に成功した一流のリーダーは少ないように思う。次世代リーダー育成は、「一流リーダーの落とし穴」と言っても良いのかもしれない。

何を基準に1流、2流というのかはわからないが、僕は、神様のために自分の持てるリーダーシップを最大限まで磨き、1流のリーダーになりたいと思っている。でも、同時に、次世代リーダーを育てることができるリーダーでありたいとも思っている。それは、家においても、教会においても言えるだろう。次世代に信仰のバトンを渡すためにはどうしたら良いのだろうか?

家において
1、彼らの信仰のために今日も、そして毎日祈る。
2、今週も水曜日は喜力、木曜日は来虹、金曜日は恵謝とディボをする。
3、神様がぼくとこずえの人生においてして下さった素晴らしいことを意図的に話すようにする。

教会において
1、近々、インターンシップについてたんたんと話す。
2、今年も次世代リーダー育成に力を入れる。
3、彼らのために祈る。
4、次世代ミニストリーにおいて今年どのようなことができるかたんたん、太一、Tidiと話す。
5、できる範囲内で次世代に関わる超教派の働きに参加していく。

「神様、今日もみ言葉を通し僕を励まし、導いて下さってありがとうございます。改めて次世代を、次世代リーダーを育成する大切さを教えてくれてありがとうございます。特に、ニューホープ横浜には次世代リーダー育成のビジョンを与えて下さってありがとうございます。どうか、このエリアにおいて今年も成長できますように。僕や今僕の近くにいるリーダーたちが天に召されても信仰が継承され、神の国が広がっていきますように。今日もあなたを愛します。あなたに従います。アーメン。」

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