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もっと甘えよう!(信仰)

S: それは、律法の奴隷になっていた私たちを買い戻して自由の身とするためであり、神の子どもとして迎えてくださるためなのです。 このように神様は、私たちの心に、神の子の御霊を送ってくださいました。それで今、私たちは神の子どもとして、神を「お父さん」とお呼びできるのです。 あなたがたも私たちも、もはや奴隷ではありません。神の子どもなのです。子どもであるからには、神の持っておられるものはすべて私たちのものです。それが神のご計画だからです。ガラテヤ人への手紙 4:5-7 

O:ここで、パウロは、神様が僕たちをご自身の子供とするために、ひとり子イエスの命を犠牲にしてまでも買い戻して下さったこと、そして、神の子の特権について書いている。僕たちをご自身の子供とするために神様は僕たちを愛し、ご自身の子供とするためにどれほどのことをしてくれたのだろう。1、神の子の御霊を送って下さった。2、「お父さん」と呼ぶことができる。3、神の持っているものを相続して下さった。何と言う愛、何という特権だろうか!

A: 僕と神様との親子の関係はどうだろうか? 僕は神様にとってどんな息子だろうか? 

僕は4人の息子の父親だ。父親の観点からすると、4人ともユニークで、本当にかわいく、
 良い子だし、4人とも等しく愛している。子供の成長を見る中で思うのは、ティーンになると急に口数が少なく、かっこつけたら、強がったりして、自分の気持ちを僕に話さなくなると言うことだ。それはそれで成長の過程として大切なことなのかもしれないが、父親としては、「どんなことを考えているのかな、どんな葛藤があるのかな、もっと自分の気持ちを話してくれたら良いのに、もっと甘えてくれたら良いのに。」と思う。そしたら、彼らのために祈れるし、必要な助けができるのにと思うのだ。そういうこともあって、週に1人ずつ個人的にディボーションをすることを始めて2週間が立つ。より良く彼らの状況や信仰がわかるようになった。

僕は、神様にとってどんな子供だろうかと考えさせられる。僕の中にも、まるでティーネイジャーのように、「自分の力でがんばってしまう息子」「甘えることができない息子」「弱音をはけない息子」僕はもっとお父さんに甘えて良いのだ。それを神様も願っているだろう。神様と親子の関係を楽しむために、今日、僕ができることは何だろうか?

1、ただ、神様と時間を過ごすことを楽しもう。
2、「お父さん」と言って祈る。

P: 「天のお父さん、今日も聖書の言葉を通して僕を励まし、導いてくれてありがとう。僕があなたの前でもっと素直になることができるように助けて下さい。あなたの息子としてあなたに甘えたり、弱音を吐いたりできますように。今日もあなたを愛します。あなたに従います。アーメン。」

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