No comments yet

「イエスの十字架」

Scripture

「次の日までそのままにしてはいけません。その日のうちに埋葬しなさい。木にかけられた者は、神にのろわれた者だからです。あなたの神、主に与えられた地を汚してはいけません。」
‭‭申命記‬ ‭21:23‬ ‭JCB‬‬

Observation

死刑に値する罪状の場合、木にかけられ埋葬される。木にかけられ、と聞いてすぐに浮かぶのはイエス様が十字架にかけられた出来事である。

ここでは、木にかけられた者とは「のろわれた者」であるという。

イエス様は神様のたった1人の子である。聖であり、正しい方である。真理であり、道である方。そんな方が、つまりは「のろわれた者」と呼ばれて十字架にかかってくださったことを知ると心が痛む。

Application

人には罪の性質がある。どんなに律法に従おうとしても反してしまい、身勝手になり、傲慢になる。自分が誰よりも大事になってしまう。

けれど、そんな僕らの欠けが実はイエス様のことを「のろわれた者」としていることに気づかされる。のろわれた、なんて名をつけられて嬉しい人がいるだろうか。涙である。虚しいかもしれない。それだけのことになってもイエス様は、僕たち人間の罪の身がわりとなってくださったのだ。

こんな大きな愛があるだろうか。犠牲があるだろうか。自分よりも他者を優先する心があるだろうか。憐れみがあるだろうか。

ここから教えられることは、

1、イエス様の十字架の血潮により赦されることは、決して当たり前のことでなく恵みであるんだということ。

2、自分も誰かに憐れみの心を持って接することができるようになりたい。

3、イエス様への感謝を心がける。

4、十字架は飾りじゃない、アクセサリーでもない、物でもない、イエスの愛そのものである。

Prayer

神様、イエス様をありがとうございます。イエス様、私の罪を赦すために、この地上に来て、十字架にかかってくださり、死んでくださり、3日目によみがえってくださってありがとうございます。いま私は告白します。自分に聞こえるように、周りに
聞こえるように、そして悪魔も聞こえるように。イエス・キリストは私の主です。私の救い主です。私はあなたにものです。イエスの御名によって、アーメン

Post a comment

%d bloggers like this: