No comments yet

イエスさまに手を取られながら歩いていく

御言葉
“23イエスは盲人の手を取って村の外に連れて行かれた。そしてその両目につばきをつけ、両手を彼に当てて「何か見えるか」と聞かれた。24すると彼は、見えるようになって、「人が見えます。木のようですが、歩いているのが見えます」と言った。25それから、イエスはもう一度彼の両目に両手を当てられた。そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべてのものがはっきり見えるようになった。”
マルコの福音書 8:23-25

観察
ペテロの故郷であり、ガリラヤ湖の近くの街ベツサイダ。その街にイエスさまが来た時のこと、人々はイエスさまを見ると、盲人を連れてきて、彼にさわってくださるように願った。イエスさまは盲人の手を取り、そして村の外へと連れて行かれた。どれくらい行った時だろうか、イエスさまは突然両目につばきをつけ、両手を彼に当てられこう言った。「何か見えるか?」盲人は答えた。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが見えます。」目が全く見えなかった盲人の目に光が訪れた。けれど、人が木に見えるほど視界がぼやけていた。その盲人の両目にイエスさまはもう一度両手を当てられた。そしてその手を彼が見つめていると、今度はすっかり直り、すべてのものがはっきり見えるようになった。イエスさまはなぜ2回に分けてこの盲人を癒されたのだろうか?いや、言うならば、なぜ最初に村でこの盲人が連れてこられた時にすぐに癒されなかったのだろうか?この章には、イエスさまたちがベツサイダに来る前に、ダルマヌタ、という場所へ行ったことが記されている。そこでの出来事であるが、パリサイ人たちがやって来て、イエスさまに議論をしかけ、天からのしるしを求めた。なぜか?イエスさまをためそうとしたのである。パリサイ人たちは、自分たちの価値観、信じているものを納得させるような、はっきりとした証拠を出すように求め、そしてイエスさまが神の子というならば、それを示しなさいという思いがあった。けれども、イエスさまはそれにはお答えにならなかった。僕たちは時にイエスさまに、「あれを、これをしてください。そうしたら信頼します。」という考え方を持ってしまう。けれどもイエスさまは僕たちの信頼を勝ち取るためにそのことをされない。イエスさまの癒し、励まし、導きはいつでも僕たちに注がれる恵である。驚くことに、神のひとり子であるイエスさまは、僕たちにいつでも恵みを注ごうと願ってくださっている。信じて、信頼しなさいと伸ばしてくださる恵の手がある。僕たちがイエスさまを信じ、信頼し、その伸ばしてくださる手を取り、イエスさまと一緒に歩む時、僕たちは見えないけれど導かれ、少し見えるような時が訪れ、そして見えるようになる時が来たりするである。でも、たとえ見えなくても、僕たちの手をイエスさまは握ってくださるのだ。

適用
僕たちの人生には肉体的に痛み、病をかかえる時があり、心、霊にいたる内側の痛み、苦しさをかかえる時があり、先が見えないような問題、難題、悩みが訪れる時がある。イエスさまどうか癒してください、このことを取り扱ってくださいと僕たちは願う。すぐに癒されたら、解決されたら…と願うし、時にすぐに癒し、解決が訪れない時に、なぜだろうと胸をいためる時がある。続けて僕たちはイエスさまに大胆に祈って大丈夫である。けれど僕たちはイエスさまを信じ、信頼し、その癒しのプロセスをイエスさまと共に歩む、ということが大切なのである。すぐに癒されるかもしれないし、ずっと先かもしれない。それはわからないけれど、でもわかることは、イエスさまが僕たちのところへ来てくださり、祈りを聞いてくださり、手をのばしてくださり、寄り添い一緒に歩んでくださるのだということだ。イエスさまを信じ、頼り、その手を取ることから始めよう。見えなくても、イエスさまが一緒にいてくださる。そして、パーフェクトな時に、癒しは訪れ、そして手を取ってくださり、共に歩んでくださるイエスさまのすばらしさをますます見ることが、その恵を味わうことだできるだろう。

祈り
神様、あなたの御名を賛美します。今日はきりきと一緒にディボーションできて感謝します! イエスさま、僕たちに一緒に行こうと手をのばしてくださり、寄り添い、支え、歩んでくださりありがとう! 僕たちの祈りを聞いてくださり感謝します。時に僕たちはいつ癒されるのだろう?解決するのだろう?あなたはそれを願ってくださっているのだろうか?と思うことがあります。けれどそんな先が見えないような時、あなたはそばにいてくださり、僕たちの手を取って歩んでくださいます。今日そのことを御言葉から教えてくださり感謝します。今肉体的に、心的に、霊的に痛み、辛さを抱えている方が、また、問題や困難の中にいる方が、あなたの伸ばしてくださっている手を取ることができ、歩んでいくことができますように。あなたの励ましと、癒しが訪れることも続けて祈ります。でもまずなによりも、みんなで一緒にあなたを信じ、あなたに頼り歩みます。今日もあなたが僕たちと共にいてくださる方であること、ありがとう! イエスさまのお名前によって祈ります。アーメン

Post a comment

%d bloggers like this: