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「痛みと暗闇の中で」

Topic:賛美

 

Scripture(聖書)

22たちまち広場は、二人に反感をいだく人たちでいっぱいになりました。そこで長官たちは、二人を裸にし、むちで打つように命じました。

23ビュッビュッと何度もむちが振り下ろされ、二人の背中から血がしたたり落ちました。そして二人は、牢に放り込まれました。・・・

 

25真夜中ごろ、パウロとシラスは、主に祈ったり、賛美歌をうたったりしていました。ほかの囚人たちもじっと聞き入っています。その時です。

(使徒16:22-23,25 リビングバイブル)

 

 

Observation(観察)

パウロの第二回伝道旅行中の出来事。

 

当初のパウロの計画とは異なっていたが、聖霊の導きと示された幻によって、パウロは伝道旅行の進路変更をした。

神の導きに従ったのだから、それはそれは素晴らしい御業がなされ、伝道旅行は大成功!万々歳!・・・かと言うと、そうではなかった。

 

結果的には公衆の面前で裸にされ、むち打たれ、挙句、牢屋に放り込まれた。

 

「聖霊の導きに従ったはずなのに、なぜ?・・・」

 

嘆いてもおかしくない状況。

不平不満を口にしてもおかしくない状況。

 

しかし、パウロの口から出てきたのは嘆きでも不平不満でもなく、驚くべきことに「賛美」だったのだ。

 

 

Application(適用)

使徒16章。大好きな聖書箇所である。

読む度に、心が震え、熱くされるのである。

 

むち打たれた背中の痛みがズキズキと残っていたはずである。

もしかしたら、痛みで背中をつけて眠れなかったのかもしれない。

真っ暗の牢屋の中で、痛みの中で、パウロとシラスが選択したことは「賛美」だった。

一体、どんな賛美を歌ったのだろう?とても気になる。

パウロの歌声を生で聞いてみたいものだ。

しかも、他の囚人たちが聞き入っていた、というのだから決して音痴ではなかったはずである。

 

①聖霊の導きに従っていても、試練は起こる

試練の原因は必ずしも不信仰だからなのではない。

パウロのように聖霊の導きに従っていても試練は起こるのだ。

 

②試練の中でも「賛美」を選ぶことができる

順調な時に「ハレルヤ」と賛美することは容易いこと。

試練の中でこそ、信仰が練られ、磨かれていくのだ。

 

③試練の中で賛美をする時にこそ、奇跡が起きる

この牢屋の賛美が大地震、囚人の解放、看守とその家族の救い、という奇跡の引き金となる。

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

賛美を与えてくださり感謝します。

賛美するに相応しくない者を、恵みによって賛美する者へ造り変えてくださったことを感謝します。

順調な時はもちろん、試練の中でも、痛みの中でも、賛美する信仰を与えてください。

パウロとシラスの賛美が奇跡の引き金となりました。

現代においても、この賛美ミラクルを体験させてください。

日本中、世界中で王の王である主に向かって賛美がささげられ、世界中で奇跡が起こり、主の栄光があらわされますように。

I love You. Amen

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