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Topic:信仰

 

Scripture(聖書)

1そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」

2そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、

3言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。

4だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。

(マタイ18:1〜4 新改訳)

 

 

Observation()

弟子たちの関心事は自分の地位、肩書き、ポジション。

そんなことを考えること自体が愚かであるとか、恥ずかしいとは微塵も感じなかったのだろう。

弟子たちは堂々とイエスに訊ねる。

 

「天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」

 

前章の17章では「イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。」(17:1)ということがあった。

 

ペテロ達は自分の名前を呼ばれることを密かに期待したかもしれない。

少なくともTop3には入ってるじゃないだろうか、とか。

 

しかし、イエスの答えに弟子たちの淡い期待は裏切られることとなる。

イエスの答えは・・・

 

①悔い改めること

 

②子供のようになること

 

③自分を低くすること

 

 

Application(適用)

男なら人生で「一旗揚げたい」「故郷に錦を飾りたい」と多くの者が願うことだろう。

出世したい。成功者となりたい。

No.1になりたい。

 

ところが、弟子達の淡い期待をイエスの言葉が打ち砕く。

 

「悔い改めなさい」

 

イエスの指摘は鋭かった。

つまり、「お前たち、ずれているよ」と言われたのである。

関心事のレベルが低いのだ、と。

 

そして、高いポジションを求めるよりも「子供のようになれ」と言われている

単なる純粋無垢さを求めての言葉ではない。

 

子供とは弱い存在である。

親、大人の力がなければ生きて行くことができない。

そういう己の弱さを認め、受け入れること。

そして、子供が親に頼るように、ただひたすら主に頼ることである。

 

競争心、負けず嫌いが絶対悪であるとは思わない。

そういう競争心や負けず嫌いが努力や頑張りを生むこともある。

僕も一番、No.1が好きである。

 

しかし、そういう他者との比較競争は常に不安定なものでもある。

アップ&ダウンがつきものである。

 

それよりも、もっと高レベルな生き方をイエスは弟子達に求めているのである。

これは世の価値観とは全く異なるものである。

そして、実は子供のように主に甘えるというか、主に頼る生き方こそ安定した生き方なのだ。

 

①自分の心にズレがないか吟味する

 

②ズレがあるなら素直に悔い改める

 

③子供のように主に甘える、主に頼る

 

④謙遜さを祈り求める

 

 

Prayer(祈り)

主よ。

他者との比較から解放される生き方を与えてくださり感謝します。

あなたの御腕の中で安らぐ、憩う。

そういう生き方を与えてくださり感謝します。

弟子達と同様にすぐにズレてトンチンカンな考えをしてしまう者です。

弱さを認め、いつも主に頼る者とならせてください。

どうか奢り高ぶる心を取り除いてください。

謙遜な心を与えてくださり、低い者となることができますように。

I love You. Amen

 

 

 

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