No comments yet

嵐の中でぐっすり眠る(信仰)

S: すると突然、激しい嵐になりました。舟は今にも、山のような大波にのまれそうです。ところが、イエスはぐっすり眠っておられました。 弟子たちはあわてて、イエスを揺り起こし、「主よ。お助けください。舟が沈みそうです」と叫びました。マタイ8:24-25

O: イエス様と弟子たちのミニストリーは祝福されていた。18節を読むと「イエスは、自分を取り巻く群衆の数がだんだんふくれ上がっていくのに気づき、湖を渡る舟の手配を弟子たちにお命じになりました。」と言っているほどだ。そんな中で、一行は突然、嵐に襲われる。嵐は突然やってくると言うことだろう。しかも、その嵐は、「激しい」、「山のような大波」、「舟が沈みそう」と表現されているように想像を越える大きなものだった。彼らは、その嵐にどのように応じたか?弟子たちとイエス様の対応が真逆である。弟子たちは恐れ、慌てふためいている。嵐の大きさにOverwheming(いっぱいいっぱ)に感じ、圧倒されている。でも、イエスはぐっすり眠っておられた。ウトウトしていたとか、軽く寝ていたわけではなく、熟睡していた。弟子たちは慌てふためき、自分たちで何とかしようするが、どうにもできず、ついには舟が沈みそうになったので、イエス様に助けを叫び求める。イエス様は、彼らの信仰が薄い、小さいことを戒めを嵐を沈める。その時に弟子たちは、イエス様の偉大な力、奇跡にびっくりし、恐れを感じるほどだった。

ここから5つのことを学ぶことができる。1、イエス様の祝福の中にいても、イエス様と一緒にいても、嵐に合うことがある。2、嵐は突然やってくる。そして、その嵐は時に自分の力ではどうにもならないほど大きいこともある。嵐には大きくわけて二つあるように思う。一つは、「Correcting Storm、 修正する嵐」神様から、神様の御心から離れて行くとき、方向転換させるための嵐だ。ヨナが経験した嵐がこれだろう。もう一つは、「Perfecting Storm、完成する嵐」だ。信仰や品性が練られ、神へ信頼する者へと変えられるために通る嵐。ここで弟子たちが通った嵐はこれだろう。3、嵐の中での応答は自分次第。嵐の中で恐れ、慌てふためき、眠れず、沈んでしまうこともできれば、ぐっすり眠ることもできる。4、嵐の中でイエス様に助けを求める速度は自分次第。沈みそうになるまで待つ必要はない。5、嵐はイエス様の偉大さ奇跡を経験するチャンス。

A:僕の人生の中でも嵐に合うことが多々ある。その中で、残念ながら、僕の応答は弟子たちの応答に似ている。恐れ、慌てふためき、Overwhelming(いっぱいっぱい)だと感じることが多々ある。そんな中で、「こんなにも激しい嵐が次々やってくるのだから仕方ないじゃなか」と思っているところもあったが、嵐の中で慌てふためき、寝れないのは僕の信仰が弱いから、小さいからだと気付かされた。嵐の中で自分の力と知恵で何とかしようとしているからだと気付かされた。悔い改めて、もっとイエス様に信頼し、イエス様に助けを求めていこう。そして、嵐の中でイエス様の偉大な力、奇跡を経験していきたい。

「愛するイエス様、今日も聖書の言葉を通して僕を励まし、導いて下さってありがとうございます。嵐の中で、慌てふためき、自分の力でなんとかしていようとしていたことを赦して下さい。今日、僕はあなたを信頼し、あなたにより頼みます。あなたの偉大な力、奇跡を経験させて下さい。今日もあなたを愛します。あなたに従います。アーメン。」

Post a comment

%d bloggers like this: